もう一つの日記

 

第六週(前半)

 

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第一週(序章)   第ニ週(前半)   第二週(後半)   第三週(前半)

 

第三週(後半)   第四週(前半)   第四週(後半)   第五週(前半)

 

第五週(後半)   第六週(前半)   第六週(後半)   第六週(終焉)

 

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1月12日(日)

二日間がこれほど長く感じたことはありません。

まるで、永遠のような二日間でした。

流空さん。僕は疲れてしまいました。

一体、これは何だったんでしょうか?

やはり昨日は日記が書けませんでした。

今日、一気に二日分を送ります。

僕の日記。どうぞ読んでください。

 

今朝、僕たちは、実咲さんの家に行きました。

「朝早くすみません。直治です。お聞きしたいことがあって来ました。」

玄関のインターホンで実咲さんが対応しました。

「ちょっとまってて、今行くから」

実咲さんが姿を現したのはそれから2分くらい経ってのことでした。

「どうぞ」

そういうと、家の中に案内してくれました。

「今日はどんな用件なの?」

前置きするのも面倒臭いと思い、僕はすぐに話を切り出しました。

「実咲さん。玄関で僕と紗耶は2分近く待たされました。一体何をしていたんですか?」

「待たせちゃって、ごめんなさい。着替えよ。寝起きの姿でお客さんに会うなんて失礼でしょ?」

「なるほど。今日はご両親いらっしゃらないんですか?」

「うん。ちょっと出かけてるみたい」

「こんな朝早くからですか?」

「・・・・・? 直治君? なんか刺のある言い方だけど、何が言いたいの?」

「実咲さん。僕はあなたが事件の犯人だとは思っていません。」

急に実咲さんの表情が曇り始めました。僕は言いました。

「でも、誰かをかばっているのは確かです。今、この瞬間も。」

僕はきょろきょろと周りを見回し、今度は少し大きな声で言いました。

「隠れていないで出てきてくれませんか。

いい加減、そろそろ決着をつけたいんです」

自分では堂々としているつもりでしたが、声は震えていました。

5秒近く沈黙が流れました。

次の瞬間、ゆっくりと押入れの扉が開きました。

出てきた人物を目にし、紗耶はこれ以上開かないんじゃないか、というくらい目を丸くしていました。

「さ・・・冴子先生!!」

「やはり、ここにいたんですね? 冴子先生」

「ど・・・どうして冴子先生が・・・。こんなところに・・・?」

こんなところ、とは実咲さんに失礼な気がしますが、それを突っ込んでいる状況ではありませんでした。

冴子先生と実咲さんを目の前にして、僕はあまり感情を表に出さないように気をつけながら、言った。

「冴子先生。あなたが催眠術師ですね?」

誰も言葉を発しようとしませんでした。しばしの沈黙の後、再び僕は続けました。

「狙いは僕ではなかった。冴子先生の狙いは僕ではなく、円花。それと健次。

先生は、催眠術に教師という立場を利用したんですね? 冴子先生は生徒から慕われる優しくて信頼できる方です。

僕にだって国語の成績が悪かったとき、親身になって相談に乗ってくれました。

そして、おそらくみんなにもそうだったんでしょう。

信頼できる。

そういう立場を利用して、先生は円花の心を責めました。

まだ催眠術なんて発想がなかった円花は、信頼できる冴子先生の催眠術に簡単にかかってしまったんです。

その方法は定かではありませんが。

そして、さらに先生は催眠術にかかった円花を利用しました。

まずは、裕次郎先生です。

円花は性格や声は全くもって別ですけど、

髪型は先生と似ていてシャギーの入ったショートヘヤーですし、スタイルや身長も大体同じです。

ルックスだけ見てみれば、一見間違えてしまう可能性もあるわけです。

裕次郎先生がアパートの玄関を見張っているという情報を仕入れた冴子先生は、

円花を呼び、冴子先生の変装をさせました。

裕次郎先生は気づかれないように遠目から見張っているわけですから、はっきりとは認識できません。

冴子先生のアパートから出てきた女性が冴子先生に似ていれば、多少違和感があっても、

当然その女性が冴子先生だと思い込むでしょう。まさか円花だとは思わなかったはずです。

円花に呼び出された健次は、変なサングラスをしているな、と思った程度で普通にデートを楽しんだと思います。

そのサングラスも冴子先生のものですよね?

裕次郎先生は、冴子先生が健次とデートしているものと思うわけです。

多分その時には裕次郎先生の目には、健次しか映っていなかったと思います。

こうやって、冴子先生は裕次郎先生をまんまと出し抜いたんです。

次のターゲットになったのは、その健次でした。

事件を解決しようとした健次は、恐らくこの事件が催眠術によるものだ、と確信したのでしょう。

そして、「催眠術がかかる条件」 で 「信頼できる人物」 というキーワードも分かっていた。

冴子先生はそこでも円花を利用しました。

円花に電話をかけさせ、占い師について話したいことがあるから、と健次を誘い出すように暗示をかけます。

健次は、電話をかけてきた円花が犯人だと思ってしまった。

そのせいで、待ち合わせの場所に行く途中で出会った冴子先生に気を許してしまった。

円花には警戒心を持っていても、冴子先生には全く警戒心を持っていなかったんだ。

そうやって健次も、罠に引っかかるように催眠術にかかってしまったんです。」

僕はそこまで一気にまくし立てました。そして、そこで初めて冴子先生が口を開きました。

「直治君。順を追って説明してくれないかしら? ちょっと話についていけなくて・・・・」

「先生。今の状況はわかっていますか? 先生は実咲さんの家の押入れから出てきたんですよ。

質問するのはこちらの方ですよ。その状況でまだ僕の言っている意味が分からない、とおっしゃるんですか?」

「・・・・・・・・・・・」

冴子先生は黙ってしまいました。代わりに質問してきたのは紗耶でした。

「・・・ね、ねぇ。直治君。全然分からないんだけど。一体どうなってるの?」

「健次と円花に催眠術を施したのは、冴子先生だったってことだよ。

そして、多分実咲さんにも」

「あ、なるほど。今までの催眠術の事件は全て冴子先生の仕業だったってことね?

え? でも淳二さんは? 彼は催眠術には・・・」

「部長はかかっていないと思う。そもそも最初は実咲さんも催眠術にはかかっていなかったんだ。

部長も実咲さんも、僕の前では占い師にあったという芝居をしていたんだよ。そう、最初はね。

「美咲」という人物を探せ、と部長が言われたのも、僕に会ってから部長を紹介してもらえ、と実咲さんが言われたのも、

全部芝居さ。だって占い師なんて実在していないんだから。」

「そういうことだったわけね」 紗耶はやけに納得した様子でした。

「あぁ。よく考えればすぐに分かることだったね。「美咲」と会えだの僕に部長を紹介させろだの、

そんなインチキ占い師が街中にいるわけなかったんだよね。こじつけにもほどがあるよ。

そうさ。最初から実咲さんと部長と冴子先生はグルだったんだよ。」

紗耶は僕の説明を聞いた後、実咲さんに話し掛けました。

「健次君と直治君の前に現れたあの占い師の格好をした人は、やっぱり実咲さんだったのね。」

なるほど。紗耶も前々から実咲さんに目をつけていたようですね。実咲さんが観念したように苦笑しました。

「ええ。それは私よ。直治君には本当に悪いことをしたと思ってる。ごめんなさい。」

「あれ? でもその時は催眠術って一体どこで使われてたの?」

と、紗耶はいきなり疑問詞を僕にぶつけてきました。

「その時に催眠術は関係してきてはいなかったんだ。

心理学の本を読んだときに、占い師のことを振り返って、勝手に僕が催眠術と関連付けてしまったんだよ。

部長や実咲さんが占い師によって催眠をかけられた、という考えは僕の早とちりだったわけだ。

単に芝居をしていただけの部長や実咲さんは、催眠術とは全く関係ない。

それに催眠術を使えるのは冴子先生だけで、おそらく実咲さんには使えない。」

「そのとおりよ、直治君。私は催眠術を使えない。心理学の本は占い師と関連付けてるつもりはなかったわ」

実咲さんは、冴子先生の顔を一瞥し、僕たちのほうに向き直りました。

「ねぇ、紗耶さん。あなたは分かっているようね。私と淳二君の本当の関係を・・・」

何度もいうようですが、淳二は部長の名前です。僕はドキッとしました。

本当の関係? 一体なんのことなのでしょうか? 紗耶は分かっている?

次に発せられた紗耶の答えに、今度は僕の目が丸くなってしまいました。

それは、僕の予想をはるかに越えるものだったからです。

「・・・・・・双子の兄妹ですか?」 

実咲さんは静かに頷きました。

嘘でしょ? 信じられませんでした。僕は、実咲さんは部長の恋人ではない、ということしか判っていませんでした。

まさか・・・双子の兄妹だなんて・・・・。そんな展開はいいんでしょうか。

というか、どうして紗耶はそれに気がついたの?

「実咲さんは、淳二さんのためを思って、今回のことを実行したんですね?」

話を続けようとする紗耶についていけず、僕は口を挟みました。

「まってくれ。どうゆうことだよ。部長と実咲さんが、双子の兄妹? だって、家の場所だって違うし、苗字も違うじゃないか」

「両親が離婚したの。だから姓も違うし、住んでる家だってもちろん違うわ。私は母方、兄は父方にそれぞれ引き取られた」

実咲さんが淡々と答えました。そこには何の感情もありませんでした。

紗耶は続けました。

「裕次郎先生にあの手紙を出したのも、実咲さん。あなたですよね。」

「そういうことになるわね」

「淳二さんは冴子先生のことが好きでした。いや、多分その時には既に関係を持っていたんじゃないですか?」

僕は 「関係」 という言葉に少々敏感に反応しました。もちろん、思い当たる節があったからです。

さらに紗耶は続けました。

「実咲さんは淳二さんと冴子先生の関係を知って、裕次郎先生をどうしても別れさせなければいけない、と思いました。

時間的にいうと、それを思ったのは12月17日だと思います。

その日、淳二さんと実咲さんは相談し、あることが決定しました。

直治君にでっち上げの占い師の話をすることです。

そして、実咲さんが裕次郎先生に 「冴子先生と別れてください」 と、手紙を書いたのもその頃です。

全部、お兄さんの淳二さんのためですよね?」

一息ついて、紗耶は最後にこう言いました。

「冴子先生と淳二さんが、越えてはいけない一線を越えてしまったから・・・」

つまりは、肉体関係・・・。僕はそれを口に出そうとしましたが、やめました。

次に口を開いたのは、冴子先生の方でした。

「・・・・違うわ。って言いたいところだけど、残念ながら大体当たってるみたい。

もう充分よ。全部、私の口から話します。ごめんね、実咲さん。ちょっと席をはずしてもらえるかしら」

 

実咲さんが部屋を出て行った後、冴子先生は催眠術のことについて話してくれました。

「直治君。それと紗耶さん。あなたがたを巻き込んでしまったことを、まず最初に謝ります。ごめんなさい。

それから健次君や円花さんも巻き込んでしまったわね。それも謝るわ。

あなたたちの推測通り、催眠術師の正体は私です。

私は大学の時、心理学を専攻していたの。催眠術はその応用ね。ウサン臭い教授に習ってたけど、ほとんど独学だったわ。

裕次郎君とは1年間くらい付き合ってたかな? ちょうど去年の11月くらいに、淳二君に告白された。

もちろん最初は断った。だって生徒と教師という関係だったし、何より私は裕次郎君と付き合ってるわけだから。

でも、私は過ちを犯してしまったの。たった一度だけ。

お前は生徒に甘すぎる、って裕次郎君と喧嘩になったことがあるの。

もう、大喧嘩だったわ。私は泣きじゃくって家を飛び出して、その時、淳二君とばったり遭遇してしまったのよ。

淳二君、優しくて・・・・。それに私、甘えてしまったのね・・・。」

なるほど。それで、肉体関係に。

「たった一度だけだった。それだけだったのに・・・。」

紗耶が言いました。

「身ごもってしまったんですね?」

冴子先生は静かに頷きました。

「・・・・・。えぇ、そう思ったわ。でも、そんなこと、裕次郎君に言えるわけない。裕次郎君とは付き合ってるんだもの。

それに、私は教師、相手は裕次郎君の教え子。こんなの言えるわけない。

催眠術を使ったのは・・・・。私もどうかしてたみたいね。そんなもの使わなくてもよかったのに・・・。

多分、独学で学んだ催眠心理学がどこまで通用するか試したかったっていうのもあったと思う。

ダメね。既にその時、私の心の中には悪魔が住んでいたらしい。

どうして催眠術を使ってしまったのか、自分でもやっぱり理解できない。

円花さんには、私と淳二君がホテルから出てくるところを見られてしまったから催眠術をかけたの。

裕次郎君に一度ばれそうなときがあった。それが、さっき直治君が話してくれたことね。

あなたの言う通り、私は円花さんに暗示をかけて、私になりすましてもらった。

健次君には悪いと思ったけど、淳二君を裕次郎君に見せるわけにはいかなかったから、仕方なかったのよ。

健次君は多分そのとき気がついたのでしょうね。円花さんの様子が何かおかしい、冴子先生みたいだ、と。

一度、健次君が私に電話をかけてきたのよ。「先生は本当に裕次郎先生と付き合ってるんですか?」 とね。

その時、私は危険を悟って、「この子も口を止めてしまわなければいけない。」ってそう思ったわ。

一度成功してしまった催眠術。私はそれに酔いしれてしまったのよ。

円花さんに続いて、催眠術を使って彼の口も止めたの。

それが健次君を狙った理由よ。」

そのせいで健次が裕次郎先生の加害を被ったんですか。そんなの許されるんですか。

「この前、教壇で倒れたのはやっぱりつわりなのですか?」

「いいえ。違ったみたい。ただの疲労と診断された。あのあと結局私は病院に行って検査を受けたわ。

その結果、私のお腹の中に赤ちゃんはいないことが分かったのよ。」

「え? どうゆうことですか? 先生はさっき身ごもったって・・・」

「検査薬が100%当っているなんてことはないのよ」

検査薬では陽性と出たが、病院での検査はしなかった、ということですね。

僕は、思い出したように質問をしました。

「先生・・・。そういえば、どうして実咲さんに席をはずしてもらったんですか? その必要はなかったんじゃ?」

「彼女に席をはずしてもらったのは、この話を聞かせたくなかったからじゃないの。伝言をお願いしたのよ。」

「伝言?」

「重要な人物がここにいないでしょ?」

「・・・というと?」

「淳二くんよ。実咲さんには 「もう大丈夫。出てきていいよ」 って、彼に伝言しに行ってもらったの。」

そういえば、すっかり部長のことが頭から離れていました。部長は一体どこにいたのでしょうか?

冴子先生は、どこかすっきりしたような顔つきで僕に話し掛けてきました。

「直治君。今まで辛い思いさせてごめんなさいね。でもあと、もう一日だけ待ってもらえる?

そうしたら全てを話すから。約束する。みんなにかけた催眠術もちゃんと解くわ。絶対約束は守る。

だからお願い。今日のところはひとまず引き取ってもらえる? 大丈夫、逃げも隠れもしないから」

「明日学校にくるんですか?」 僕は複雑な心境でした。

「もちろん行くわ。多分教師生活最後の日となるでしょうね・・・」

 

冴子先生は僕たちが実咲さんの家から出て行くのを見送った後、また実咲さんの家に入っていきました。

実咲さんはどこまででかけたのでしょうか。

冴子先生は今から一体何をするのでしょうか。部長と話?

そして、部長は現れるのでしょうか。そもそもどうして部長は隠れていたのか?

僕にはまだまだ残された謎がありました。確かに事件についてはなんとなくわかりましたが、一番重要なことがわかりません。

重要なこと?

自分で言っておいてピンと来ませんが、それはおそらく、僕が巻き込まれた理由です。

今日の話では、ほとんどといっていいほど、僕は事件に関係してきていませんでした。

関係しているのは浮気に気がついた円花と健次のみ。

今日まで冴子先生の事件を僕は一切知らなかったわけですし、

わざわざ浮気がばれるリスクを背負ってまで僕を巻き込む必要もなかったわけです。

ということは、僕を巻き込んだ理由は、冴子先生にはなく実咲さんと部長にあることになります。しかし、一体なぜ?

そんな様子に気がついたのか、僕の不安を打ち消すかのように、紗耶は優しく 「大丈夫だよ」 と声をかけてくれました。

その言葉に、僕は妙な安心感を覚えると同時に、何か切ないような焦っているような、なんとも不思議な気分になりました。

実は以前からその感覚はあったんです。

何かが頭の奥で引っかかります。

それが何なのか、ずっと僕には分からないままなのです。

「・・・そんな不安にならなくても、大丈夫。明日になればきっと全てが解決するって」

「うん、それはそうなんだけど・・・」

そういった後、僕は無言で紗耶を見つめていたことに気がつきました。

何かが思い出せそうな気がしたからです。

しかし、残念ながら僕には何も思い出せませんでした。

それはなんとも形容しがたい感覚でした。

結局、僕たちは何もわからないまま帰路につきました。

 

僕たちを巻き込んだ発端の事件について、いまだ何の解決もなく明日を迎えます。どうやら明日も寝不足の朝を迎えそうです。

 

 

 

1月13日(月)

昨日の日記はここまでです。

今日の日記も併せて、送りますね? アップのほうは一緒にお願いします。 

それにしても、長い文章です。流空さん、ごめんなさい。

興奮覚めやらぬ状態で書いたもので・・・。

 

一日を振り返ると、本当に現実のことだったのか? と疑問に思います。

朝、学校で授業の始まる前に健次が僕の元へきて、話してくれました。

昨日、裕次郎先生が健次の家に謝罪しにきたそうです。

健次は許したようですが、彼の親が許すわけもなく、裕次郎先生もそれを分かっていたようで、自分の意志で出頭したそうです。

その後冴子先生が訪れ、健次を外へ呼び出し、催眠術を解いたそうです。

ひき逃げ事件と催眠術の事件はことを終えました。

催眠術が解かれた健次は催眠術の事件についてこと細かく話してくれました。

円花と付き合ってることも、紗耶を僕と会わせたのも、大方僕の予想通りでした。

健次は、円花とのデートで催眠術の話をしたときの彼女の様子がおかしいと思っていたようです。

それがきっかけで、円花を疑い始めたのでしょう。

それを利用されて冴子先生にしてやられてしまったわけですが・・・。

と、そこまでは理解できました。

「でも、まだどうして実咲さんと部長が僕に接近してきたのか、その理由がわからないんだよ」

思っていた疑問をぶつけてみました。

「あぁ。その話か・・・。俺もよくわからんが、多分それはまた別の話だろう。

そうだな。その事も含めれば今回はたまたま3つの事件が一緒に起こった、ということになるな。

一つ目は催眠術を用いた冴子先生の話。

二つ目は勘違いを起こした裕次郎先生のひき逃げ事件の話。

そして、三つ目は実咲さんと部長の占い師の話。

残念ながら、俺は占い師の事件についてはさっぱり分からない。

それ以前に冴子先生の事件だって、俺は円花が犯人だと勘違いしてたくらいだしな。だから、占い師の件についてはコメントができないなぁ。」

 

チャイムが鳴り、授業が始まりました。

裕次郎先生は風邪で休んでいることになっているようです。

まぁ、当たり前といえば当たり前ですが。

この話は、もうすぐPTAとかで取りざたされるのでしょうね。

授業自体はつつがなく終りました。

もちろん、冴子先生の古文の授業もそれに含まれています。

僕は授業が終った後に、冴子先生のもとを訪れました。

視聴覚室に連れて行かれ、二人だけで話をしました。

全員の催眠を解いた。先生はそういっていました。

そういえば、円花も僕のところに来て、「ありがとう」と一言だけいっていました。

その時はなんのことか分からなかったんですが、私の催眠術を解いてくれてありがとう、ということだったのでしょうか。

冴子先生はやはり実咲さんにも催眠術をかけていたのですが、それは健次の事故の後。僕は尋ねました。

「冴子先生・・・。どうして実咲さんに催眠術をかけたんですか? 仲間だったはずじゃないんですか?」

「裕次郎君が健次君に怪我をさせた、と実咲さんに言ったのは私。

そしたら、彼女、裕次郎君が本気で行動を開始したと思ったようで、怖くなったみたいね。

裕次郎君に全てを告白する、って言い出したの。

私も、実咲さんがそんなこと言い出すんじゃないだろうかって思ってたから、

ひき逃げ事件の話を聞かせる前に暗示をかけておいたのよ。

今から話すことを聞いても、あなたはそれを他言できない・・・・という暗示をね。

ひき逃げ事件の話を聞いた時には、もちろん彼女は事件について話す事ができなくなっていた。

そのあとは、直治君のご存知の通り、実咲さんは必死になって君に助言を与えてたようね。

催眠術の事件の真相を必死に伝えようとしていた。

心理学の本も、2通目の年賀状も、君に事件を解いてもらいたかったから、やったことなんだよ。

実咲さんは口に出せなくなっても必死で君に訴えかけていたんだね。」

なるほど。しかし・・・・。

実咲さんと部長がなぜ、僕に接近しようとしたのかについては、まだこの時点で聞かされることはありませんでした。

「そのことは本人から聞いて欲しいの。私の口から話せる程軽々しいことじゃないから・・・」

 

部活に顔を出したとき、そこには部長がいました。

「ナオジ。ちょっといいか・・・?」

僕は部長に呼ばれました。

「やっぱりお前には全部話さなきゃいけないよな? 帰り一緒に帰ろうか。モスでも寄ってこう」

部活は無事終りました。

健次と良則の帰宅の誘いを断り、僕は約束どおり部長と帰ることにしました。

健次は「あの事件のことか・・・?」と聞いてきましたが、後のことは察してくれたらしく、

「そんじゃ、気をつけて」と言って良則と帰っていきました。

部長とモスに入りましたが、部長は一向に話そうとしませんでした。

誰かを待っているように腕時計を見ています。

痺れを切らした僕が話し掛けようとしたとき、女の人2人組が入ってきました。

なんと、実咲さんと紗耶でした。なるほど、部長はこの2人を待っていたんですね。

「じゃ、話を始めようか」

僕たちは冬なのに冷たい飲み物を注文しました。

部長と実咲さんは、僕を事件に巻き込んだ発端から話してくれました。

二人が聞かせてくれた真実は、とても重く、そしてなんとも衝撃的なものでした。

僕はその話に戦慄を覚え、これが現実かどうかの判断さえできなくなっていました。

 

「教えてくれませんか? どうして僕に接触してきたのか? 一体何が目的だったのか・・・?」

その疑問に応えてくれたのは実咲さんでした。

「いい? これから話すことは全部真実だよ。覚悟してね。

昨日も話したとおり、私たちは双子の兄妹なの。

でも、どうして二人は別々に暮らさなければいけなかったのかわかる?

それにはちゃんとした理由があったの。

それはね。

父親の虐待・・・・・」

「え・・・。」

父親の虐待? あまりのスケールの大きさに、僕には異世界の話にしか聞こえませんでした。

「私たちの実の父親は7年前に交通事故に遭い、亡くなったのよ。

母親の女手一つで2人を育てるには、やはり厳しかったらしくてね。その2年後母は再婚したわ。

しかし、当時12歳だった私に対し、新しい父親は性的虐待を犯し始めていたのよ。

他の人にさとられることなく約3年間、私は父親の性的虐待に耐えつづけてた。必死にね。

そんなある日、母親が私の異変に気づいたのね。

私の体にアザを発見したの。

優しく諭してくれる母親に、私は、泣きながら全てを話した。

母親と私は、計画を立てたわ。

父親と離婚してしまうのは楽なことだったけど、また女手一つで私たち二人を養わなければいけなくなる。

父親を殺しても同じことだった。

私と母親の二人は考えた。

中学校卒業間近、私が失踪した。

二日後、自宅の部屋で私の遺書が見つかった。

その遺書には、父親にされた数々の虐待の事実がつづられていた。

虐待の事実を警察に知られたくなかった父親は捜索願を取り下げ、遺書の隠蔽を図ったとさ。」

彼女は自嘲気味に笑いながら話していました。

僕は正直怖くなりました。目の前にいる彼女の人生を考えたからです。

一体今までどんな気持ちでここまでやってきたのだろうか? 僕には想像すらつかない。

きっと計り知れない苦痛と屈辱を味わってきたんだと思います。幸せとは程遠いような・・・・・。

「母親は、虐待の事実を隠してやるからお金が欲しい、と父親を脅迫し、その金を使って別居生活を始めた。

それらは全て計画の内だったの。

私は失踪直後から別居先にいたのよ。失踪は狂言。

養育費分のお金を父親からふんだくり、母親と私はそこからずっと二人暮しを始めていたわ。

淳二はその事実を知りらなかった。まぁ当たり前でしょうね。言ってなかったんだもん。

母親からも父親からも何も聞かされず、ただ妹が失踪した事実だけが残っていたわけ。」

部長が補足をしました。

「親が別居を始めたのも、実咲の失踪が原因だろう、とは思っても、他のことまでは分からなかったんだ。」

実咲さんが続けます。

「私は、名前を「美咲」から「実咲」に変更し、苗字も母親の旧姓に変更して、高校に進学したの。

通常はそんなことできないんだけどね。その裏には冴子先生の影響があったのよ。

冴子先生は、私の親戚にあたる人なの。母親の妹の旦那の妹。ほとんど他人かしらね?

色々な手続きをかいくぐり、私は見事この高校に入学した。」

実咲さんはそこまで話すと、一気にジュースを飲み干しました。

そして、外を見てしばらく黙り込んでしまいました。何かを考えているのでしょうか?

どんな手続きがどう行われたのか、という詳細までは分かりかねますが、整形手術を施していたのは事実だと思います。

同じ高校に進学した中学の友達にばれる恐れがあるからです。 

「そうして私は、虐待から逃れた日常生活を手に入れることができた。

それから2年後。

先月12月の中旬に母親が淳二を呼び出し、私がまだ生きていて同じ高校に通っていることを告白したみたいね。

淳二は 「美咲」 という人物を探したわ。

しかし、見つからず、直治君に尋ねたわけね。」

僕は思い出しました。「お前、美咲っていう人物知らないか?」

そうです。一番最初のあの出来事です。

結局、僕は何も知らなかったわけですが、直後に僕の前に実咲さんが出現してしまったから、

事はややこしくなってしまったんです。

「私はね。淳二が自分を探していることを知って、

テニス部部員の直治君に聞いたのよ。「あのぅ、淳二君って今日部活来てました?」ってね。

覚えてる?

その日の夜、直治君が淳二に電話をかけた。これも覚えてる?

淳二は直治君を信頼し、死んだと思ってた妹が実在してることを話そうと決めたようね。

次の日にあなたと待ち合わせをした。

その電話と同じ頃、私は勇気を出して淳二の家まで行ってみたの。

電話を終えて偶然家を出てきた淳二に、私はばったり遭遇しちゃってね。淳二も私もさすがに驚いたわ。

私たち二人は父親の目の届かない外で話をしたの。それから、私たちは

「ちょ、ちょっとまってください。今までの直治君に接触するまでの話だと占い師なんて出てきてませんよね?

直治君に近づいたのは占い師とは関係なかったてことですか?」

紗耶は話の骨を折るように、あえて口を挟みました。

「その疑問はごもっともね、紗耶さん。・・・・直治君、今から話すことにあまり衝撃を受けないでね?」

いやいや、実咲さん、今まで話したことも充分衝撃的でしたってば。

実咲さんが言いました。

「・・・・直治君は催眠にかかってるのよ」

「は? サイミン?」

あまりに話が唐突で、一瞬言葉を理解できませんでした。

「え? 僕が? 催眠に? は?」

「驚くのも無理はないでしょうけど、しっかり聞いてね。

私の狙いは最初からあなただったの。冴子さんと裕次郎先生の事件は計算外だったわ。

それでも、一応、当初の目的は達成されたわけだけど」

耳には入っていましたが、うまく頭には入ってきませんでした。

「直治君が覚えてるはずないんだけど、私の整形前の写真をたまたまあなたが見てしまったのよ。

冴子さんのお手伝いで、一緒に教材を運んでいたとき、私転んでしまって、

持っていた一式を全て床にばら撒いてしまったんだけど。

たまたまその時、近くにいた直治君が拾うのを手伝ってしまったのよ・・・。

その中に紛れ込んでいたのよね、私の整形前の写真が。

写真の裏にはご丁寧に「実咲」の文字が。それを見られてしまった。

それまで直治君とは一度も話をしたことがなかったけど、もしかしたら気がついてしまったかもしれない。

その写真の「実咲」と目の前の私が同一人物であることを・・・。

もしかしたら整形したことまでばれてしまったかも知れない。

それを直治君が誰かに話して噂になんかなったりしたら・・・。

噂になれば、近所に知れ渡る。そうなれば父親の耳に入るのも時間の問題。

また、虐待される。

そう思って、怖くなった。

私、気が動転しちゃって、その時どうすればいいか分からなかったの。

そしたら、その場にいた冴子さんが私のことを察してくれて、「何とかするから」 って言うと直治君を追いかけてったわ。

数日後、「もう大丈夫。直治君、写真のことは忘れているわ」 と冴子さんから聞かされたのよ。」

今から考えれば、思い当たる節があります。

僕は一度、進路相談という名目で冴子先生に呼ばれたことがありました。

その時は国語の成績が悪かったので、冴子先生って親身になって考えてくれてる人だなぁ、って思っていました。

あのときなのでしょう。暗示がかけられたのは。しかし、その内容がよく思い出せません。

いくら思い出そうとしても、冴子先生が親身になっている姿しか思い出せないんです。話の内容の記憶は皆無なんです。

「冴子さんのことは信頼してる。でも、やっぱり不安だったの。本当に直治君が写真のこと、忘れたのか・・・。

兄を探す目的もあったけど、私のことを見ても写真のことを思い出さないかどうか、ということを確認するために、

あの日、一人になった直治君に近づいて話し掛けたのよ。体育館のところで友達を待っている直治君にね。

安心したわ。直治君、私を見ても全く気がつかなかったんだもん。

催眠術を使ったことは知ってたけど、

具体的に冴子さんが直治君に何をしたのかは聞いてなかった。

それでも、冴子さんってすごいなぁ、って私は実感しちゃったわ。

本当だったらそこで安心して終るはずだったんだけど・・・・。

でも、その安心も長くは続かなかったの。

兄がいることを確認した私は、さっきも言ったとおり兄のもとを訪問した。

全てを話した。

兄は話したこと全てを直治君に言おうとしたわ。

私の中で再びあの恐怖が蘇った。

虐待される・・・・。

気がついたら私は、泣きながら兄にしがみつき、言わないようにと頼んでいた。

優しい兄は全てを受け入れてくれた。

次の日、直治君と会う約束をしてしまった兄は、私と一緒に必死に考えてくれて、辻褄あわせに協力してくれたの。

淳二が次の日から直治君に吹き込んだことは全て嘘。狂言よ。

辻褄合わせに色々とこじつけて占い師の話を説明したのよ。真実を隠すためにね。

あのわけの分からない占い師の芝居は全部、直治君を混乱させて事件をうやむやにしてしまおうとしてやったこと。

ほんとうにごめんなさい。」

「でも、健次君の不幸の占いはどうして当ったの? そもそもどうして健次君を占ったの?」

紗耶はそのことをずっと気にしていたようで、即座に口にしました。

「あぁ。あれは本当に偶然だったのよ。

占い師に扮したのは、直治君に占い師の存在を信じさせて、事件に関わると災いが起こる、と助言しようとしたから。

それで直治君は手を引くと思ったのよ。

本当は、占い師に扮した私が 「事件に関わると実咲という人物が病気になる」 と言うはずだった。

でも、健次君が現れて、私はどうしようか迷ったわ。

まさか、健次君が一緒に来るだなんて思わなかったから。

あのとき気がつかなかったとは思うけど、占いの本を持ってたから、ちらちらと見て、健次君の運勢を見てみたの。

よく当るって評判の本だったし。そしたら、明後日不幸が訪れるって書いてあったから、そのまま読んだだけ。

だから、ひき逃げ事件があったって聞いたときには、耳を疑ったわ。

私が余計なことを言ったせいなのかも、と後悔もしたくらい。」

実咲さんは他にも話してくれました。

一通目の年賀状で事件から手を引いて欲しいと書いたのは、やはり僕が事件を探って、

実咲さんのことが噂になることを恐れたため。

しかし、冴子先生に催眠術をかけられた後は、どうにか事件を解決して欲しい、という気持ちが大きくなった。

健次に対しても罪悪感があったからです。

だからその後の実咲さんの行動は、色々と僕にヒントを与える行動に変わっていきました。

二通目の年賀状や心理学の本は、その典型的な例です。

それにしても、騙されましたね。

みんなで初詣に行った日、実咲さんと部長のペアに会いましたが、恋人ではなくまさか兄妹だったとは。

恋人同士という設定は、二人で会っているのを目撃されても、何も違和感を感じないようにするためだったんですね。

「どうして、今まで話そうとしなかったことを今日はこんなに簡単に話してくれたんですか?」 と続いて紗耶。

「どうしてって、当たり前でしょ。私一人の被害妄想で、私に関わった全員を事件に巻き込んでしまったんだよ?

当然、事件の経緯は話すべきでしょ? それに今まで直治君や紗耶さんとはあまり親しくなかったけど、

今はもう信頼できるんだから。

だから、今までのこと言っても他の人には黙っててもらえる、って確信したの。」

紗耶と僕は頷きました。そして、他言無用だということを約束しました。

しかし、僕は・・・。

「あのぉ。まだ暗示がかかったままなんですか、僕?」

「えぇ。今はまだ暗示が解けていないわ。催眠にかかっているのは直治君だけってことね」

僕は・・・。暗示がかかったままなんです。

信じられません。催眠術にかかっているだなんて。

なんと形容すればいいんでしょう? 不安と不思議が入り混じった、ほんとうになんともいえない心境です。

「この暗示って・・・」

「ああ。もちろん解けるさ」

と答えたのは、部長でした。

「今から冴子さんの家に行くんだよ」

 

とりあえず今日はここまで送ります。

キーボードの打ちすぎで手が疲れました。長すぎ・・・。

あぁ、こんな夜遅くになってしまった。もう外明るいし。

明日学校遅刻しそうです(笑)

また、明日続きを書いて送ります。

流空さん、アップをよろしくお願いします。

 

 

 

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