もう一つの日記
エピローグ
第三週(後半) 第四週(前半) 第四週(後半) 第四週(終焉)
10月29日(火) 秋晴れ |
昨日も日記を書くことができませんでした。 正確にいうと、書いたんですが送ることをためらって送りませんでした。 今日、日記を二日分送ることにしましたが、今回の日記で最後にしたいと思います。 この一ヶ月で色々ありすぎました。 もう日記を続ける気にはなれませんし、きっとここで止めておいた方がいいと思います。 今まで読んでくださった方々。感謝の気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいです。 とりあえず、昨日の日記から送ります。どうぞ。
朝、俺は気持ちよく目がさめた。 後から知ったが、どうやら今日、アヤナさんはヒロキとの面会に警察署まで行ったらしい。 その後の彼らの話はわからない。 大学の講義には全出席した。そこでユウジと色々と話をした。 あの事件のことで。 ヒロキはどうやら俺たちと同じ高校出身だったようだが、同学年ではなく、いくら同じ高校といっても顔を合わすこともなければ、知ることもなかった。 大学では、「俺の出身は東京だ」とみんなに言っていたようだし。 由香里とは、元カレの話はしたことがなかったので、その存在があるのかどうかさえも知らないでいた。 まさか、こういう形でその真相が明らかになるとは思わなかった。 ユウジも俺も、微かに笑った。 「元恋人がストーカーの危険性大」とは、ヒロキのセリフだった。 そのままだ。彼はその時点で自白していたことになるな。 過去と現在をリンクする一つの出来事、ストーカー。 ヒロキの信念はおぞましいものだった。 ゆがんだ愛情は妹のみならず姉にまで及び始めていた。 そして、その邪魔になる俺もまたストーキングの対象になった。 思い出しただけでも恐怖が蘇ってくる。 ただ、彼の心の中にも普通の人間としての感情もあった。 「あやな、すまねぇ」 その言葉でそれを察した。 きっと分かっていたのだろう。 警察を呼んだのがアヤナさんであったことを。 その時のアヤナさんの辛い心情に対して、彼なりの精一杯の償いの言葉だったのだろう。と。 しかし、今でも分からないことがある。 マナミさんの本当の気持ちだ。 彼女は妹がストーキングの被害にあった時から、ずっとその影を追いかけてここまでやってきた。 そして、妹と同様にストーカーの被害者となり始めていた。 彼女が憎むべきストーカーが、その正体だとは気がつかずに。 事件解決と共に明るみになった数多くの事実が、一体彼女にどれほどのダメージを与えたことであろうか。 俺には想像もつかない。 ユウジは唐突にこう言った。 「全てはあの合コンから始まったことだったな。・・・・・・すまん、翔馬」 そんなユウジの真剣な表情を見て、俺は思わず噴き出してしまった。 「何言ってんだよ。馬鹿だなぁ、お前。あの合コンがなかったらずっと真相は闇の中だったんだぜ。 んなのやだよ。由香里のことも、ヒロキのことも、マナミさんのことも。全部、知ることができて本当によかったと思ってるよ。 だから謝ることなんてねぇよ。むしろ感謝されるべきことだよ」
バイトまでにあいた少しの時間の間に、一つ確認したいことがあって俺はユウナさんに電話した。 「もしもし、翔馬です。」 「はいは〜い、こちらユウナです」 「ハハハッ。あのさぁ。一つ気になったことあるんだけど聞いていい?」 「うんうん。何でも聞いて。ただし、セクハラ発言は禁止ねぇ」 「あっはっは。じゃあ、聞いていいことかどうか微妙だなぁ」 「え? 何? ほんとにセクハラ発言なの?」 「あのね、コウイチさんとはいつから付き合ってたの?」 「あら? ばれてた?」 「当たり前です。事件のあった日に、俺はユウナさんに電話したでしょ? あの時、ユウナさんの携帯から風の音聞こえてきたから、外にいるんだなぁ、って思ったんだよ。 それにしかも何か急いでいるみたいだったし。 今から思えばあれって、コウイチさんのライブ見に行こうとしてたんじゃないか? ってね。 俺が犯人探ししてた時も、ユウナさんは「コウイチさん、犯人じゃないと思う。彼女いるらしいし」って言ってたよね。 マナミさんも知らなかったのに、どうやってコウイチさんに彼女いるなんて知ることできたのかなぁ、と。 答えは簡単。ユウナさんがコウイチさんの彼女だから。でしょ?」 「・・・・・・・。すご〜い!! すごいよ、翔馬くん。何でそんなに冴えてるの? 豆腐のカドで頭でも打ったの? 全部当たりだよ」 いや、豆腐のカドって・・・・・。せめて、雷に打たれた、くらいにして欲しかったけど。 「気がついたのは、マナミさんのセリフのおかげ。ヒロキ逮捕の時、コウイチさんに連絡してくれたのって、マナミさんじゃなくユウナさんだった。 そう教えてくれたから全部分かったのさ。 マナミさん鈍感なのか、そのことに気づいていない様子だったけど」 と言うと、ユウナさんが変なことを口走った。 「ウフフ。キミも充分鈍感だと思うけどね」 「・・・・・冴えてるだの、鈍感だの。全く。訳がわからないことを・・・」 「アハハハハ。分かるときが来るといいね」 バイト前に電話するんじゃなかった。バイトの間、その言葉が頭から離れなくて大変だった。 いつから付き合ってるのかも聞けなかったし。 まぁいいや。どうせ直ぐに別れるだろう。(半分やつあたり、半分妬み) バイトから帰ってきて、メールを送った。 「こんばんは。まなみさん。今回のことは何て言ったらいいのかちょっとよく分からないけど。 大丈夫? 元気してる? ・・・・わけないよね。 もしさぁ。もしよかったらでいいんだけど。明日のコウイチさんのライブ一緒に見に行かない? 気晴らしにでも。 不謹慎かもしれないなぁ、と思ったけど、やっぱりマナミさんのこと、気になるし心配なので、放っておけません。 一人で気持ちを落ち着かせたかったら、このメール無視してくれていいです。 でも、もし来る気になったら、明日この前の待ち合わせしたライブハウス前のコンビニで待っています。 今日も星が綺麗だね。・・・・って、さむっ!! おやすみなさいm(_ _)m 」 精一杯のメールだった。いや、いっぱいいっぱいのメールだったかも。 シャワーを浴びてベッドに潜った。 ベッドに入った後も、ユウナさんの言葉が頭をぐるぐる回っていた。 あぁ、もう。余計なことしてくれたなぁ、ユウナさん。寝れないよ。 |
10月30日(水) 晴天 |
最後の日記です。やっぱり長くなっちゃいましたね。 流空。これまで日々俺の道楽に付き合ってくれてありがとな。 感謝感謝。 最後、送ります。 では、どうぞ。
大学の講義なんて既に耳に入っていなかった。 俺がそわそわしていたのは分かるが、なぜかユウジもそわそわしていた。 後に理由を知ることになるが、この時はまだ知る由もなかった。
講義が終わり、一度家に帰り服装を着替えて、俺は目的地に向かった。 バイトは金曜にずらしてもらった。 目的のコンビニに到着したが、彼女はまだ来ていなかった。 しばらくそこのコンビニで雑誌を立ち読みしていた。不安を胸に抱えながら。 彼女は来てくれるだろうか? 結局、俺が由香里を襲った犯人だというのは彼女の勘違いだったことは証明されたが、彼女がそれまでに抱いていた感情というものを、こんな短期間で払拭できたとは思えない。 俺に対する嫌悪感は、果たしてどこまで残っているだろうか。 そして何より彼女自身、今回のことはトラウマになりかねないほど大きな事件だった。 そんな複雑な心の傷を抱えながら、彼女はこの場所に姿を現すだろうか? 俺の不安は、考えれば考えるほど大きくなっていった。 日々大きくなっていくマナミさんへの気持ち。本物だと気がついたのは、ストーカー犯人と対峙する前日のことだった。 はっきり言って、俺はヒロキと対決することに対し、恐れていた。 それは、自分が怪我を負うかもしれないというためらいからではなく、真実を知りたくなかったから。 しかし、俺はヒロキの罪を暴いた。マナミさんのために。 彼女に真実を知らせて心を解き放してやろう、と心からそう思った結果だった。 この時、自分の気持ちに気がついた。 俺は真奈美さんが好きだ、という本当の気持ちに。 固い決意を胸に俺は今日、この場所まで足を運んだ。 雑誌から目を離し、ふと窓の外を眺めると、向こうから一人の女性がやってくるのが確認できた。 近くまで来て顔を認識できたとき、思わず「あっ」と驚きの声を洩らしてしまった。 彼女は微笑みながら、店の中にいる俺のともへ小走りによってきた。 驚きのあまり、口が半開きになっていたようだ。 「口開いたままになってるよ。大丈夫? 翔馬」 頭の上にクエスチョンマークがいっぱい浮かんだ。口に出すにはこれが精一杯だった。 「ど・・・どうして由香里がここに?」 返答を聞いて、更に混乱した。 「決まってるじゃない。裕二さんに会いに来たのよ」 またしても思考回路が停止した。はしごがあったら登っていたかもしれない。 だが、次の彼女の言葉で、冷静かつ急速に頭の中が回転しだし、さらにある程度のところまで状況把握できた。 「先々週裕二さんに告白されたの」 「え? ・・・・・・・・・・。 そっか。そういう事だったのか。」 やられた。まんまとユウジに出し抜かれたようだ。 俺は思わず声に出して笑っていた。笑わずにはいられなかったのだと思う。 「ハッハッハッハッ。まさかそうくるとは思わなかったなぁ」 今なら説明できそうだ。 マナミさんのイタズラメール事件を解決するとき、どうしてわざわざユウジが福島に帰ってまで由香里に聞きに行ったのか。 ヒロキが由香里についての真相を暴露したとき、なぜ彼の一本背負いが見られたのか。 ユウジが、俺とマナミさんを引き合わせようと企んだ理由。 そして、告白したことを俺に言わなかった理由。 それら全ての答えはここにあった。 由香里のことが好きだったから。 この一言で、全てを集約できるだろう。 おそらく、由香里に告白しに行ったついでに、ストーカー被害談を聞いてきたのだろう。 いや、きっとそれ以前にストーカーの話は聞いていたのだろう。告白が主目的で帰ったと考えるのが自然だ。 ユウジは、以前「マナミさんが由香里の姉だったとは知らなかった」 と言っていたが。断言できる。これは嘘だ。 知っていて俺には言わなかった。いや、言えなかったんだと思うな。 それは、彼自身、親友の俺に対して後ろめたい気持ちがあったから。 合コンに俺を誘った理由。というより、マナミさんを俺に紹介してくれた理由もおそらく同じで、自分が親友の元彼女を狙っている、という罪悪感から。 まぁ、結果的には話がややこしくなって、マナミさんには真実を言わなくてはいけなくなったんだろうけど。 それが、ユウナさんの誕生パーティーの席で、二人が会話していた内容だと思う。 もちろん、俺には 「由香里に告白したよ」 なんて言える訳もなく、ずっと後ろめたく隠したままだった。 言おうと思っていたけど、今まで言いそびれてここまできたのかもしれないが。 ヒロキを投げ飛ばしたのも、俺にヒロキが迫ってきたから助けようと思ってやったのではなく、由香里が侮辱されたから。 そう考えると無償に悲しくなるが・・・・。無事だったので、まぁいいでしょう。 彼女の口から、裕二告白の事実を聞かされるなんて思わなかったな。 その後、これも彼女から聞かされたことだが、どうやら精神病院自体は三ヶ月ほど前に退院していたらしい。 やはりユウジのポーカーフェイスにまんまと騙されていたようだ。ホント、嘘がうまいな。 どこまでが本当のことだったのか分かりもしない。 コンビニを出て、しばらく病院生活や高校時代の話、それにユウジやヒロキの話で盛り上がっていると、 遠くから男女の二人組みが歩いてくるのが見て取れた。 ユウジとマナミさんだ。 マナミさんが来た。俺の目が一瞬、輝いた。その後に疑問が浮かび上がる。なぜユウジが一緒に? 今でもなぜかこれだけは鮮明に覚えている。由香里が耳打ちで俺に聞かせた言葉だ。 「おねぇちゃんをよろしくね♪」 どれほど俺の顔は引きつっていたことだろうか。よろしくなんて言われても俺にはどうすることもできません。 ただ、彼女が俺を受け入れてくれるかどうか、それを俺は暖かく見守っていくしかないんだから。 その時、あのユウジのそわそわしていた不可解な行動が理解できた。 由香里がここに来た理由を聞くのを忘れていたが、おそらく、彼女は今日告白の結論を出すためにここに来たんだろう。 状況としては俺と似ていなくもないな。 「やっぱり、来てくれたんだ」 俺のマナミさんへのセリフだった。 ユウジは微笑んでいた。そして、由香里も。 マナミさんだけが、なぜか困惑の表情を浮かべていた。 その後、俺たち4人は一緒にライブハウスまで行くことになったが、 その道中、俺とユウジ、由香里とマナミさんがそれぞれペアになるかたちで横に並び歩いた。 なんとも異様な光景だった。男の親友同士と姉妹の4人組。こんな組み合わせは初めてだ。 ユウジが横に来てもらってよかったと思う。 マナミさんだったら何をどのように話せばいいのか、実はその時はまだ心の準備というやつができていなかった。 それに、このアホには色々と聞かなきゃならんことがいっぱいある。 「おい。兄弟。よくも抜け抜けとこの場所これたなぁ。えぇ? 嘘はつくし、女は取るし・・・」 「あ、いやぁ、その。誤解だってば・・・」 意地の悪い俺の対応に、かなり困惑気味のユウジ。 先週までのことは先ほどの推測ができていたので、とりあえず、今日ここに来るまでのいきさつを話してもらった。 マナミさんと一緒に来たいきさつ。由香里を呼んだいきさつ。コウイチさんのライブに行くことにしたいきさつ。 これも聞いて驚いた。もうホント最近は驚かされることばかりだ。非日常的過ぎるよ。 俺が事件を解決した日の夜、ユウジは由香里に電話をした。そこで事件の全貌と過去のつながりの全てを話したらしい。 こいつまさかかっこよく自分が解決したことにしてないだろうなぁ、と思ったが、さすがに俺が解決したと話したようだった。 その日はそれで終って、翌日。 居酒屋のバイトでユウナさんと一緒だったらしく、事件のことを振り返ったらしい。 そこで、コウイチさんのことに話が及んだ。その時ユウジは、ユウナさんがコウイチさんの恋人だ、と聞かされたらしいが。 こいつのことだ。以前から知っていた可能性だってある。 その事を指摘したら、「命をかけてもいい、知らなかった」 と答えていた。 さすがに命を奪うわけにはいかないので、信じることにした。 その時、ユウナさんもユウジの由香里への告白を聞かされたらしく、相談にのったらしい。 少し環境が違うが、お互い親友の元恋人を奪ったかたちになり、その親友には報告していない。 そういう状況は似ていたので、相談しやすかったようだ。 なるほどな。昨日のゆうなさんの電話対応がよく理解できた。 フッ。確かに俺もマナミさんも鈍感だ。親友の気持ちに気づかなかったなんてな。俺は自嘲気味に笑った。 その日バイトから帰ってきて、ユウジは由香里に再び電話をした。 延ばし延ばしになっていた告白の返事を聞くために。ユウナさんが後押しをしたようだな。 しかし、そこでも返事を聞くことはできなかった。「もうすこしだけ待って」 それが彼女の返答だった。 コウイチさんのライブがあるということは、ユウジが前日の電話で既に話していた。 ライブハウスに行きたいと言ったのは、意外にも由香里の方だったらしい。そこで答えを出す、と。 こうしてわざわざ昨日のうちに、福島を離れここまでやってきた由香里。全ての結論を出すために。 「昨日はお姉ちゃんの家に泊まったんだよ」 と、そういえばさっき由香里が言っていた。 ユウジが迎えに来るのが遅かったために、由香里は一人でコンビニまで足を運んだらしい。 姉の情報により、由香里はそこに俺がいることを知っていてだと思う。 ユウジはマナミさんの家に行き、由香里を連れて行こうとしたが、既にいない。笑える。 それで、出かける準備をしていたマナミさんと共に、俺との待ち合わせの場所に集合した。 「出かける準備をしていた? もともとここには来ようとしていたって事?」 「さぁ、それはどうだかねぇ・・・・」 と、俺に向かって口元に笑みをこぼしながら意味ありげな発言をするユウジ。 一瞬、10月の冷たくなり始めた海に沈めてあげよう、とも思ったが、なんとか思いとどまった。 結局マナミさんの心意はわからないまま、目的のライブハウスに到着していた。 あのコンビニに来るまでに一体二人は何を話していたんだろ? 非常に気になる。
ライブハウス内は異常な盛況ぶりだった。ステージ上では、ギターのチューニングやドラムの位置調整などが行われている。 ライブハウスに入ると、ユウジは由香里を連れてどこか奥のほうへ消えていった。 少し戸惑いながらも、俺はマナミさんに話し掛けた。 「結構すごい盛り上がりだね」 「うん。私も最初彼のライブ見に来たとき思った。ライブ自体は初めて?」 「そうだねぇ。こうやってライブハウスに足を運んで見に来ることはなかったかな」 「そっかぁ。じゃ、多分すっごい音でかくてやかましく感じると思うよ」 「ハハハ。カラオケで慣れてるよ」 「フフフッ。そんなもんじゃないよぉ〜。ライブの臨場感ってのはね」 今日、初めて彼女の笑顔を見たような気がする。 ちょうどその時、ステージの上にバンドのメンバーが登場し、ボーカルをつとめるコウイチさんが観客に挨拶をした。 彼はマイクスタンドの位置を修正し、一曲目の歌と共にライブをスタートさせた。
ライブが終った頃にはほとんど体力が吸い取られた状態だった。 半分くらいにまで減ったペットボトルを手に、帰りがけに見つけた公園のブランコで、俺とマナミさんはしばらく腰をおろした。 話し始めたのは彼女のほうだった。 「はぁ〜ぁ。楽しかったなぁ。ありがとね。誘ってくれて。確かに気晴らしになったかも」 「いや俺は何もしてないから・・・」 彼女はふと俺の顔を覗き込んだ。イタズラっぽい笑みを浮かべ、またすぐにブランコを漕ぎ出すマナミさん。 「・・・・・・さて、どこから話そっか。何から聞きたい?」 思わず笑った。 「そんな質問の仕方があるかよ。いいよ、話せるところから話してくれれば」 「じゃあ、先ずコウイチのことから話そうか。何であの日私が翔馬くん誘って、彼のライブ行こうとしたのか、気になるだろうし」 無言で俺はうなずいた。 「約束だったから。コウイチとの約束。 振ったのは私のほうだったの。一年以上も付き合っておいて、結局彼のこと好きになれなかったみたい、私。 最初は、いい人だから付き合えそうかも、って思ってオーケーしたのよ。 あっ、最初はいい人ってそういう意味じゃないよ。今でもいい人だよ、もちろん。 でも、どうしても好きになれなかったみたいでね。別れた。 私ね。それまでもずっと好きだった人がいたの。だからやっぱりコウイチとは付き合えなかった。 ずぅっとずぅっと好きでいつづけた人。忘れられなかった人。なんでかなぁ。この気持ち忘れなきゃって、ずっと頑張ってたのに。 結局できなかったみたい。だから彼と別れるとき約束を交わしたのよ。彼との約束はね」 彼女はそこで一旦言葉を止め、ブランコを飛び降り俺の方を振り返った。 「私がその人をコウイチのライブに連れて行くこと」 それを聞いた瞬間、時が止まった。持っていたペットボトルが、ゆっくりと地面に落下する。呼吸をすることすら煩わしかった。 「ずっと好きだったのよ。あなたのこと。妹の彼氏だって分かってて好きになっちゃった。 だからこの気持ち封印しようと思ってたのにね。なんでだろう。封印し切れなかったみたい。 写真・・・・・・・。もらったでしょ? 私。 ほら、妹に焼き増しするように頼んだやつ。高校の文化祭のときの。 あれはね。あなたのこと好きだった証拠。 好きだったから、せめて写真でも持っていたかったのよ。 それが例え私の妹と写っていようとね」 彼女の瞳から小さな涙滴が零れ落ちた。顔は笑っていたが、涙を止めることはできない様子だった。 彼女はすぐに背を向けた。ようやく開放されたように俺は喋り始めた。 「・・・・。ちょ、ちょっとまってよ。嘘だろ。そんな展開ありかよ。 じゃ、なんでその写真バイト先に捨てたりなんかしたんだ。 俺のこと恨んでたんじゃないのかよ」 彼女は手で涙を拭い振り返った。 「そうよ、恨んでたわね。確実に。妹をあんな目にあわせたやつなんて許されるわけがない。許せるわけがない。 殺してやりたいくらい憎かったわよ。 でもね。いくら憎んでもこの感情だけはどうすることもできなかったのよ。 口で言っても理解できないと思うよ。恨んでいる人間を愛してるだなんて。 馬鹿げてるよ。私にだって理解できないもん。妹と付き合い始めた高校時代から、今の今まで変わらずあなただけをみてた。 恨んでたときも、ただ単に純粋に好きだったときも。あなたしか・・・・・。 今から思えばだけど、翔馬くん、 あなたをストーカー犯人だと決め付けて恨んだのって、実はあなたを追いかけたかったからなのかなぁ、なんてね。 だとしたらホントに馬鹿げてるよね。 写真を捨てた理由はね・・・・・・・・・・。 フフッ。まぁそれは、聞かないって事にしといてよ。謎は謎のままにしておいた方がいいことだってあるんだよ」 動くことはできなかった。何が起こったのか分からないでいた。気づいたときには彼女は俺に抱きついていたのだ。 それを把握するまでに、おそらく3秒はかかっただろう。そのままの状態で会話は続いた。 「・・・・えっ?」 「今でも由香里のことが好き?」 「・・・・・・・・・。」 「答えられないの?」 「そうじゃないよ。戸惑ってるんだ。 この状態にも・・・・今までの出来事にも・・・・。 俺には刺激が強すぎる」 「フフフ。私もだよ。・・・・・そうね。この一ヶ月で色々と起こりすぎたもんね。 合コンで翔馬くんと出会い、私がイタズラメールを送り、妹を襲ったストーカーと対決。 普通に考えて、現実だって感じしないもんねぇ。非日常的な一ヶ月だったね。 でも、得られるものも多かったと思うんだ、私。何より大きかったのは、あなたがストーカーの犯人じゃなかったこと。 実はね。もうその時に、告白しようって事決めてたんだよ。 その時既に裕二くんが由香里に告白してたしね。もう、後ろめたいことはなかったから。 だけど、今度は翔馬くんの気持ちが不安定になってたでしょ? 私に対して。 そりゃそうでしょうね。最初に自分に好意を示して近づいてきた女性が、実は自分のことを恨んでいた女でした、なんて。 それじゃ、さすがに困惑するでしょ? 好きになんかなれないでしょ? そんなの当たり前。だから、ゆっくり時間をかけて翔馬くんの心の中に近づいていこうとしたの。 裕二君がね。言ってくれたのよ。「翔馬が事件を解決させようって決めたのは、真奈美ちゃんのためなんだよ」ってね。」 あいつめ。嘘はつくし、女はとるし、口まで軽いときたか。やはり海に沈めとくべきだったか。 「その時に感じちゃったんだ。翔馬くんの気持ち。翔馬くん、きっと」 「ダメだ! それ以上言っちゃ!」 抱きつくのを止めて、少し体を離し俺の様子を窺う彼女。ちょっと困った表情をしている。俺は続けた。 「そこから先は言っちゃいけないって。だって、そこから先は・・・・・・俺のセリフだから」 そして、離れそうになった彼女の体を、再び俺の元に寄せて言った。 「本気で惚れた。俺と付き合ってくれ、真奈美」 彼女の肩越しに見えた10月後半の星空は眩いほどに輝いていた。 時よ・・・・止まれ。
彼女を家まで見送った後の帰り途中、メールが来ていたことに気がついた。 裕二からだったが、見てビックリしたのと同時に、心が暖かくなった。 「よう、翔馬。そっちもオーケーだったろ。俺のところもオーケーだったよ。えっ? 何で知ってるか、って? ぜ〜んぶ由香里から聞いたんだよ。由香里が返事延ばしてたのって、真奈美ちゃんのことを考えてたからなんだとさ。 姉想いのいいやつだよ、ほんと。 由香里は真奈美ちゃんの気持ち知ってたんだよ、ずっと前から。 で、真奈美ちゃんは真奈美ちゃんで妹の気持ち優先してて、翔馬に告白できないでいた。 写真を捨てたのは・・・・・・・・・・・。これはやっぱり止めておこう。謎は謎のままにしておいたほうがいいこともあるしな。 まぁ、これだけは言っておこうか。 由香里は真奈美ちゃんが翔馬と付き合うまでは、自分も裕二と付き合わない。って言っていたらしい。 つまりだ。俺がオーケーだったって事は、もちろんお前もオーケーだったと分かる、っていう仕組みだな。 本当のストーカーはひろきなんかじゃなくて、彼女だったのかもな(笑) うまくやれよ。お前にぞっこんらしいぞ。まぁ分かるとは思うけど。じゃな。おやすみ」
謎のままかぁ。まぁ、それでもいいだろう。この一ヶ月で俺は辛い真実を知りすぎた。 過去のことも大事だが、俺にとって今が一番大事だってこと。これだけは確実に真実だ。 真奈美がストーカーね。確かにそうかもな。それならそれでいい。嫌いじゃなけりゃストーカーも罪じゃないんだよ。 家に帰ってきて、今こうして最後の日記を書いているが、 彼女への気持ちを確信したこの長い内容だけは覚えていられる。 きっと、これから先も。 そうだよ。俺と真奈美のストーリーはまだ始まったばかりなんだから・・・・・。 |
「翔馬の日記」
完
第三週(後半) 第四週(前半) 第四週(後半) 第四週(終焉)
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||