もう一つの日記
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10月27日(日) 風の強い日だった |
昨日はちょっと色々ありまして日記が書けませんでした。遅れてすみません。 なので、今日の分とまとめて送ります。 というか、今日はこの日記を書くのにほぼ一日を費やした。 内容は昨日のものが主になります。 はっきり言って今までで一番長くなりそうです。 会話の内容は「こんな感じだったかなぁ」という感覚で書いてます。 ご了承あれ。とりあえず日曜日の分。(重要文書です)
朝、俺はユウジの入れてくれたコーヒーを飲んで、 彼とともにその人の家に向かった。 警察に通報したほうがよかったのかもしれないが、このときは考えつかなかった。 緊張はしていなかった。 ユウジはまだ信じられないようで、何度も俺に確認をしてきた。 その人の家は、ユウジの家から歩いて15分くらいのところにあった。 呼び鈴を鳴らす。 「はい」 と、備え付けの外付けインターホンから聞こえてくる。 「おはよう。翔馬です。それと・・・・」 「ユウジです」 彼女はゆっくりとドアを開けた。 「どうしたの? こんな朝早くに。私に何か?」 朝早くというが既に9時を回っている。まぁ、彼女にしてみれば朝早くなのかもしれない。 しかし、服装を見てみて思ったが、出かける準備が出来ているような感じだった。今からどこかに行こうとしていたのか。 「話があるんです。アヤナさん」 ここで手帳でもあれば、さぞかし警察官とその部下の様相だっただろう。 俺はユウジとともに話を切り出した。
マナミさんとユウナさんは電話で呼んだ。 俺とユウジはヒロキの家に向かった。 「おう、なんだ?」 と、玄関から出てきたヒロキ。足にはギブスが巻かれていた。まだ痛々しい。 家に上がらせてもらった。彼はこの前入れてくれたお茶を、俺たち二人に出した。 俺はストーカー騒ぎのことについて切り出した。 「残念なお知らせがあるんだけど、聞いてもらえるか?」 「ん? 何?」 「ストーカーの犯人がわかっちゃったんだ」 「犯人分かったの!? 残念なお知らせ? まさかアヤ・・・」 「まぁ、聞いてくれ。 最初、俺は、ストーカーはマナミさんの仕業だと思っていたんだ。 俺の写真を持っていたし、どうも様子がおかしかった。 それに、俺の教えてもいない翔馬の漢字まで知っていた。 案の定、彼女は俺に恨みを持っていて復讐を企てていた。 いたずらメールを俺に送りつけていたのは、ストーカーではなく彼女だったんだ。 これで事件は終焉を迎えたように思えた。 しかし、それだけでは収まらなかった。 第二の出来事。本物のストーカーの襲来。 いたずら電話をしてきたのはマナミさんだったが、公衆電話からの無言電話をかけてきたり、脅迫めいた手紙を郵便受けに入れたのは別人だった。 何度か俺を怖がらせて、マナミさんから遠ざけようとしていたんだ。 そんな最中、俺とマナミさんが一緒にライブに行くという情報を仕入れたストーカーは、次の作戦に出る。 実害を出させて、俺をマナミさんから離す作戦だ。 さすがに怪我を負わせたり、マナミさん自身に恐怖を与えたりすれば、お互いに気を使って距離を置くだろう、と考えた。 マナミさんを家から出させないで、ライブを中止する作戦は成功した。 しかし、ここで一つ問題が生じた。 俺が家に帰らず直接、ライブハウスまで出向いてしまったことだ。」 ここまで一気に喋って、ヒロキの入れてくれたお茶を少し口にする。マズイ。 だが、前よりはましになっている。 茶葉でも変えたのだろうか。隣を見るとユウジもお茶を口にしていた。苦そうだ。 「うんうん。それで?」 と、興味を示したヒロキを前に俺は再び口を開いた。 「犯人の計画ではこうだったと思う。 俺がライブに行く前に、ヒロキが俺の家に来て、ストーカー情報を伝える。 ヒロキが帰り、俺が玄関を閉めた直後に、ヒロキを階段から突き落とす。 そして、俺が怪我したヒロキの姿を目撃する。 こうなるはずだった。 しかたなく、犯人はヒロキを突き落とすだけにとどまった。 犯人にとってもう一つ誤算があった。 それは、コウイチさんの行動だ。 犯人はコウイチさんを犯人に仕立て上げようとしていた。 でも、ヒロキを突き落とした時間も、マナミさんにストーカー行為をはたらいた時間も、あの人はライブハウスにいた。 おかげで犯人に仕立て上げる計画は失敗に終った。 犯人はそのことに気がついていなかった。 そうだよね? ストーカー犯人のヒロキくん」 飲みかけたお茶を噴き出したヒロキ。 「なっ・・・・!! なに言ってんだ? とち狂ったか?」 突然の指名に戸惑ったようだ。俺が冗談を行っていると思ったのだろうか。顔は笑っている。俺は冷静に話を続けた。 「今から考えると、俺はなんとも恐ろしいことしてたんだなぁ、って思うよ。 ストーカーにストーカーの相談してたんだもんねぇ。 そりゃ、ストーカーのことについても良く知ってるわけだよ」 「ちょ、ちょっと待てって! 冗談にも程があるぞ。なんだか知らんがお前勘違いしてないか? ユウジもなんとか言ってくれよぅ」 「・・・・・・・・・」 ユウジは黙ってヒロキの表情を窺っているようだった。変わりに俺が続けた。 「まさか、自作自演で骨まで折っちゃうとは思わなかった。ビックリしたよ。それほどまでにマナミさんのことをねぇ。」 「だから待てってば!!」 ちょっとだけ眉をひそめて怒り出すヒロキ。まだ余裕の笑みを浮かべている。 「なんで俺がストーカーの犯人扱いされなきゃいかんのだ。わけがわからんぞ。こんな傷まで負って、酷いぞお前等」 「まぁ、落ち着いて。話の続きを聞いてくれ。 アヤナさんから聞いたよ。二人が付き合い始めたのは、アヤナさんがヒロキに惚れて、アヤナさんの方から告白したからなんだってね」 「そうだよ、それがどうした。」 不機嫌そうなヒロキ。 「そのとき既にマナミさんのことが好きだったんでしょ? でも、アヤナさんに告白されて付き合うことにした。 どうしてだろうねぇ。 で、考えたんだけど、マナミさんの情報を少しでも手に入れやすくするためにアヤナさんと付き合うことにしたんじゃないか。 ってね」 「おい、いい加減にしろよ、翔馬。さすがに俺もキレっぞ」 低い声だった。そして、マジな目。一瞬物怖じしたが、もう後戻りが出来ないのは分かっていたので耐えた。 ヒロキは同じトーンで続けた。 「分かった、いいよ。聞いてやる。続けろよ」 「・・・・・・。手紙は見事だったよ。 入院しているお前には、ストーカーからの手紙を俺の家まで届けることができない。 いくらアヤナさんに頼んで俺の家まで持ってこさせても、一通を二通にすればアヤナさんにも俺にもばれる。 だから、最初は違うと思っていた。 頭の切れるお前は、自分が入院することで二つの目的を達成させることに成功した。 一つは自分に怪我を負わせることによって、自分自身を容疑者リストから排除させること。 二つ目は、犯人は本気で翔馬に危害を加えようとしている、と思わせること。 そうすれば、俺は怖気づいてマナミさんから手を引く。 ヒロキからの手紙にも『マナミさんからは離れていたほうがいい』みたいなことが書いてあった。 そして、何より二通目のストーカーの手紙。『トモダチニモ ヒガイガ オヨブゾ』 これはさすがにこたえる。 これで、俺はマナミさんとの連絡を絶たざるを得なくなった」 ヒロキが右手を上げた。俺もユウジもビクッとした。しかし、そんな様子にもおかまいなしで、ヒロキは喋りだした。 「ひとつ質問してもいいか? どうやって入院中の俺が二通目とやらのストーカーの手紙を出すことができたんだ?」 右手が降りた。ふぅ。と溜め息をついた二人。かなり怯えていた。俺は話し出した。 「ほんと、見事だったよ。まんまと騙されるところだった。 二通目の内容で、『キノウ マナミガ コノヘヤニ』って部分があった。 マナミさんが泊まったのは事件のあった日。ヒロキが突き落とされた日だ。 だから、俺はその手紙がちゃんと事件後に書かれたものだ、と判断した。 お前が入院した後だな。 つまり、入院中のヒロキがそれを俺の郵便受けに入れることは出来ない。 これで容疑者リストからは完全に切り離すことが出来た。 なんども言うようだけど、ホント見事だよ。 ・・・・・・・・・・・。 まさかアヤナさんにその手紙を届けさせるなんてね。考えもつかなかったよ」 さすがに少しビックリした表情を浮かべる容疑者のヒロキ。 「ちょ、ちょっと待てよ。アヤナは俺の手紙を届けたんだぞ。 おまえの言ってる通りなら、入院中の俺が、いつ俺の書いた手紙をおまえの家まで持って行くことができたんだよ」 「簡単なことだよ。 自作自演で階段から落ちる前に、郵便受けに入れておけばいいだけの話だ。 ヒロキの手紙の内容は、事件が起こる前でも書けることばかりだった。 もちろん自作自演だったら、の話だけど。 事件翌日、俺は二通の手紙を発見する。もちろんアヤナさんが届けてくれた手紙が、ヒロキの手紙だと思うだろう。 もう一方は、犯人の手紙。ヒロキが届けることは不可能、と俺は思うわけだ。 誰も一通目と二通目が入れ替わっているなんて、気がつかない。 急いでアヤナさんに手紙を届けるよう頼んだのは、俺が先にヒロキの手紙だけを見てしまわないように。 でも、頭の切れるお前のことだ。先にヒロキの手紙だけ見られても、おそらく何か策は考えてあったんだろう? ひょっとしたら、郵便受けにちょっとした仕掛けでもしてあったのかもしれん。 次の手紙が投函されると重さで一通目も落ちるような仕掛けとか。 まぁいい。それは確かじゃないから」 「ハハハ。そうさ、確かじゃないね。単なる思い付きだろ? 全部」 乾いた笑いだった。表情はなぜか引きつっていた。 しかし、まだ余裕のある対応だった。彼の自信を崩すのはなかなかにして困難である。 「それに、証拠がないじゃないか。ええ? 意気込んでここまできたんだ。まさか、はいそれで終わりです。なんてことないよなぁ」 「証拠? なけりゃこないよ。ここに来る前にわざわざコンビニでコピーしたんだ。これだ」 と、テーブルの上に広げたのはヒロキの書いた手紙のコピー。 「これのどこに証拠があるって言うんだ? まさか俺がストーカーのことについてよく知ってるから犯人だ、なんてふざけたこというんじゃないだろうなぁ」 「まぁ、それもあるけど、違う。 ここには『まなみさん』という言葉が3回出てきている。 しかし、よく見てもらうと分かる通り、最後の三つ目は『真奈美さん』になってる。 さすがに今回は早いうちに分かっていたよ。 言ってる意味わかるよね?」 手紙の『真奈美さん』の部分を指差す俺。顔をしかめるヒロキだったが、なおも食い下がる。 「こんなの証拠になるわけない。俺はもともと真奈美って漢字知ってたし。アヤナに聞いたんだよ」 「アヤナさんは教えてないよ。ユウナさんもマナミさん本人も。 それにな。最後だけ『真奈美』ってなってるんだよ。これはおかしいよ。 最初から二つ目までは注意して『まなみ』とひらがなで書くようにしていた。 が、知っていたばかりについつい三つ目は漢字で書いてしまった。 長い文章書いていたから仕方ないね。集中力が途切れて、途中から神経が他にいってしまったんだろうな。 この手紙はそれを裏付けているんだよ。 証拠はもう一つある。 俺の家の場所を知っていたことだ。 何故知っていた? 俺は教えていないぞ。 マナミさんが知ったのは事件発生のとき。ユウジから聞いた。アヤナさんはヒロキが入院中にユウジに聞いた。 事件発生前にこの二人から聞くことは不可能。 とすると事件発生前に俺の家の場所を知っていた人物から聞いたとしか考えられない。 そのとき知っていたのはユウジと俺だけ。 昨日の夜、ユウジに聞いたよ。ヒロキに教えたか?ってね。答えはNOだ。そして俺ももちろん教えていない。 どうして教えてもいない俺の家の場所を知っていたか、当ててやろうか。俺が帰るのを尾行したからさ。ストーカーの鏡だな。 そうして俺の家を知った。やましいことがなければ、俺に直接家の場所を聞けばいいんだ。 わざわざそんな怪しいことまでして知らなければならなかった正当な理由が、お前には言えるか?」 ヒロキが笑ったような気がした。ユウジはまだ言葉を発していない。緊張しているんだろうか。 「どうして自分の体を犠牲にしてまで・・・。なんでそこまでしてマナミさんに・・・・。一体、何がお前をそうさせたんだ?」 その質問に、ヒロキは・・・・・・・・・・今度ははっきりと笑った。 「フフ。どうしていつもいつも、お前はそうやって俺の邪魔をする。目障りなんだよ、お前」 明らかに先ほどの表情とは変わっている。ヤバイ。体でそう感じる。 「お前のせいで俺の人生めちゃくちゃになったんだよぉぉぉ!!!」 ヒロキは雄たけびを上げ、テーブルに手をつきながら立ち上がった。 足は痛くないのか? 恥ずかしいことにヒロキの迫力に圧倒されてしまった俺は、腰を抜かして動けなかった。 ユウジは唖然としていた。どうやら状況が飲み込めていないようだ。 しかし、ヒロキの次の言葉で、俺たちが認識していたもの全てが吹き飛んでしまった。 「由香里の時だってそうだぁぁ!!」 「えっ!?」 二人ともその瞬間、思考回路が停止した。どうしてヒロキが? まさかヒロキの口からその名前を聞くとは思いもよらなかった。 俺に向かって「由香里」と言ったってことは、マナミさんの妹のことしかない。 「どういうことだ? ヒロキ、一体何いってるんだ?」 ユウジの台詞だ。俺も同感だった。今にも狂喜乱舞しそうなヒロキに、このときなぜか立ち向かうことができた。 「どういうことか言え!!」 「うるせぇよ! あいつを襲ったのはこの俺だ。文句あるか!?」 恐ろしいカミングアウトだった。言葉を認識した直後、衝撃音が頭の中で何度もこだました。 多分、ユウジは放心状態であっただろう。ヒロキは息づかいは荒かったが、意識はしっかりしているようで話を続けた。 「あいつは俺の元恋人だったんだよ」 もう、何がなんだかわからない。これ以上、情報が耳から入ってくることができない気がした。 真実は容赦ない。 「俺は本気だった。高校生にしては珍しく本当に人生設計まで立てていた。 それなのに、あいつ裏切りやがった。 どこの馬の骨だか分からんようなやつに乗り換えやがったんだ。わざわざ俺を振ってだぞ、おい。 それがお前だ! 翔馬! おかげで一年目、俺の受験は失敗に終ったんだよ! ふんっ! 思い出しただけでも吐き気がするわ。 だから俺は、そん時から決めたのさ。由香里を痛い目に合わせてやることをな。 あいつの怯える顔っていったら、そりゃもうたまんねぇよ。最初は無言のイタ電から始まり、次にストーキング。 俺への償いはそんなもんじゃすまねぇ。 体で代償してもらわなきゃなぁ。ハハハハハ。 俺は神に代わって裁きを決行しただけよ。まさか、精神病になるなんてな。アッハッハ。哀れぇ〜。 反省なんてしてねぇ。あいつが悪いんだからな。おめぇも同罪なんだよぉ!! どうした? 何怯えたような顔しちゃってるんだ? マナミさ〜ん、たすけてぇ〜。ってかぁ? おいおい、そんな怯えんなよ。つまんねぇだ・・・」 一瞬何が起こったか分からなかった。気がついたときには、ヒロキが宙を舞っていた。 ドスン、と床に叩きつけられる音。下の階や隣の人がいたらきっと警察を呼んでいただろう。というくらい大きな音だった。 「・・・・・・・・ってぇ。ふざけんなよ。てめぇ」 ヒロキがギブスを巻いた足と背中を抑えながら呻いていた。 「こっちの台詞だ。わがまま一直線がこの世で通じるとでも思ってんのか? まなみさんはどうして狙ったりなんかした?」 今更ながら、ユウジを連れてきてよかったと思う。俺一人ではきっと大変なことになっていた。生きていないかも。 そこには、怒りに満ちた顔のユウジがいた。背中をさすりながらヒロキは話し出した。 「血は争えねぇってことだ。お前さんらもお察しの通り、単純に一目惚れだ、ばぁか。お前等に言わせりゃあ、ストーカーのゆがんだ愛情、ってとこかぁ? おい、翔馬。 お前、あいつ見て気がつかなかったんだろう? 姉妹だってよぉ。 俺だって気がついたのによぉ。 じゃ、お前付き合う資格なんてねぇなアホ。アハハハハハ!!」 ユウジは俺の気持ちを察したのだろうか。笑っているヒロキのわき腹に一発けりを入れた。 しかし、まだ笑っている。ユウジは二発目を蹴ろうとした。それが罠だとすぐに気がついた。俺は急いで止めに入った。 「いけないユウジ! ダメだ! こいつの挑発にのっちゃダメだ。これ以上やるな。お前を傷害罪で逮捕させるつもりだ!」 その言葉を聞いて、徐々にユウジは冷静を取り戻したようで力が抜けていくのが分かった。 本当におそろしいやつだ。ヒロキ。おそらくストーカーの方がまだタチがいいだろう。 と、少し油断したのがいけなかった。薄ら笑いを浮かべていたヒロキが急に立ち上がって、机に向かっていった。 止めようとしたその瞬間。ヒロキはくるりと体を反転させ、こちらを向いた。間に合わなかった。 「へへっ。動くんじゃねぇよ。あぁ、痛かったぁ。全くなんてことしてくれんだよ。これでも一応は怪我人だぜ」 そういいながら、足のギブスを簡単に外していく。どういうことか分からなかった。 足の骨が折れているはずなのに、健康体と変わらず立っている。ヒロキはひどく優越感に浸っているようだった。 「あいにく俺は不死身でね。自作自演ってところに気がついたまではよかった。だが、チッチッ。甘いよ。君たちぃ。 自分でやっておいて一週間で治らないようなコケかたしないって。バカじゃないんだから。昔、おんなじ場所骨折してねぇ。 それ以来、ここ骨折しやすくなってたんだよ。ほら、脱臼と一緒よ。で、治りも早い。今や骨折前よりかたいんじゃないのかねぇ」 計算外だった。絶体絶命だ。ユウジの方を見たが、表情は硬い。俺と同じか。 ナイフ見せられて硬直した俺たち二人。いくら果物ナイフでも刺されたら終わりだ。 「そういや、お前。俺の無言電話に出たときあったなぁ。あんときゃ笑わせてもらったぜ。 なにせ 「まなみさんでしょ? どうしてこんなことするの?」 だって? 思わず吹き出しそうになって電話切っちゃったじゃねぇか。ギャグセンス抜群だな。アハハハハ」 冷たい光物が俺の頬を叩く。足が震えて立っていること自体も満足に制御できない。 「まさか、こんなおおごとになっちまうとはなぁ。俺もどうしたもんかと悩みどころだねぇ。いっそこのまま死んじまうかい?」 血の気が引く音ってほんとに聞こえるんだなぁ。と変に感心してしまった。もう、何も言うことが出来なくなっていた。 もしかして、本当に死んでしまうかも知れない。本気でそう思った。ユウジ、すまん。俺が巻き込んでしまったばっかりに。 刃物を舐めるヒロキ。本気でヤバイ。あっちの世界に逝っちゃってる。 だが、俺たちが死ぬことはなかった。 それは、その直後におとずれた呼び鈴のお陰だった。 ヒロキは呼び鈴に少し戸惑っていたようだが、人差し指を口に当て、俺たちに黙っているように指示した。 最初は居留守を使うつもりだったのか、呼び鈴を無視した。 「ちょっと! いるのは分かってるんですよ!! さっきからうるさいんですけど。顔ぐらい見せたらどうなんですか」 下の階の人だろうか。玄関のドアの向こうでなにやら叫んでいるようだった。 ヒロキは舌打ちをして、仕方なく玄関に向かう。レンズから外の様子を窺う。右手には果物ナイフが握られている。 果物ナイフを後ろ手に隠し、俺たちを玄関から見えないような位置まで左手を振って誘導指示し、 そのまま玄関をゆっくりと開けた。 その後、玄関で繰り広げられた攻防は、こちら側からは陰に入って目にすることが出来なかった。 玄関のドアが開く音を皮切りに、色々な音が聞こえた。 バタン、と勢いよく扉の開いた音。誰かと誰かがもみ合うような呻き声。恐怖におののく女性の微かな悲鳴。 金属製のものが地面に落ちた乾いた音。人が殴られたような衝撃音。 俺とユウジは動くことが出来なかった。状況を把握していない俺たちが動けるはずなかった。 数秒してすぐに部屋の中に女性があがりこんできた。 「大丈夫だった?」 マナミさんだ。その時、瞬間的に理解が出来た。マナミさんが状況判断して人を呼んできてくれたんだな。 続いてユウナさんも入ってきた。彼女たちを呼んだのは俺だ。 俺の計画では、ヒロキをマナミさんに謝らせようと思ってここに呼んだのだが、この状況では・・・・。 「おーい。みんな。どうでもいいがこいつを縛り上げてくれないか」 玄関から声が聞こえた。先ほどの攻防を繰り広げた男性だろう。 玄関に行くと、ヒロキがうつぶせの状態になっていて、その上に見知らぬ男性がヒロキを押さえつけるように座っていた。 マナミさんの次の言葉があまりにも自然で、危うく聞き流してしまうところであった。 「ごめんごめん。紐の変わりになりそうなものを持ってくればいいのね、コウイチ」 紐かぁ。探さなきゃ。・・・・・・って、えぇ! コウイチさん? この人が? どうしてここに? そんな俺をよそに、ユウジは急いで刃物を拾い上げる。 「危なかったな、翔馬。ホントハラハラしたよ。ありがとうございました、コウイチさん」 奥から紐を持ってきたユウナさん。「ハイ」 とユウジに手渡し、ユウジはそれでヒロキの手足を縛り拘束した。 「チッ、くそぉ。お前等全員地獄に落ちやがれぇ、バカヤロウ!」 抵抗しようのないヒロキのその言葉も、もはや負け惜しみでしかなかった。俺はマナミさんの方に顔を向けた。 その表情を表現するには、あまりにも複雑だった。 怯えたような、恨んでいるような、はたまた哀れんでいるような。どの表現も的確に彼女の表情を捉えることはできなかった。 少しの沈黙の後聞こえてきた小さなサイレンの音で、俺たちは安全を確信した。 制服警官に連れられていくとき、ヒロキは自嘲気味に笑い、ボソボソと呟いた。 かろうじて聞き取れたその言葉に、俺はハッとした。 「・・・・・・・・あやな、すまねぇ」 そのままパトカーに乗せられ、ヒロキは俺たちの前から姿を消していった。 |
10月28日(月) 晴れ時々強風 |
どこからが今日の日記として書けばいいかよく分からないが、とりあえずキリのいいところで昨日の日記を終えておきました。 どうやって書こうか。まぁ、考えるより先に手が動いてくれるでしょう。 続きを書きます。
「じゃ、俺ガススタのバイトがあるからこれで失礼するわ」 と、警官が去った後のヒロキの家の前でコウイチさんが言った。 「ちょ・・・・ちょっと待ってくださいよぉ。ちゃんと説明」 俺の言葉を遮り、コウイチさんは喋りだした。 「キミ、翔馬君だね。この前は失礼をしたね。悪かった。電話の対応。いつもあんなんじゃないから。 あれはライブバージョン。ハハハ。 水曜日、また俺ライブやるからもしよかったら見に来てくれ。あっ、もう時間ねぇや!? ホントごめん。 俺もう行くわ。じゃあな、ユウナ。 マナミ、ユウジ。それに翔馬君」 「ありがとうございました、コウイチさん」 みんなを代表するようにユウジが言った。直ぐに消えてしまったコウイチさん。唖然とする俺。 ユウジだけは異様にテンションが高かった。聞き役のユウナさんも何だか戸惑い気味だ。 「いやぁ、一時はどうなることかと思ったけどね。ホント死ぬかと思った。コウイチさんには感謝だよ。 昨日、翔馬の話きいた時には・・・・・・・・・」 そんなユウジを見て、溜め息をつくユウナさん。 俺はマナミさんに話し掛けた。 「ねぇ。コウイチさんはどうしてここに来てくれたんだ? マナミさんが呼んだんでしょ?」 意外な答えが返ってきた。 「私じゃないよ。ユウナが呼んだんだって」 「・・・・・?」 ユウジだけは異様にテンションが高かった。
翌日の朝、俺は一人でアヤナさんのアパートを訪れた。大学の講義はお互いに午後からいくことにしていた。 どうせ、一コマ目なんて興味のない講義だったし。 前日にユウジと共に彼女の家を訪ねているので場所はわかっていた。 彼女は少しやつれたような気がしたが、表情には見せず快く俺を部屋に招き入れてくれた。 昨日話した内容は、ヒロキの行動の確認とヒロキ犯人説の説明。 その話を聞いている時、彼女の目には涙が滲んでいた。 俺も話す事に心苦しさを感じていたが、話さないわけにはいかなかった。 今日、気になって彼女の様子を見に来た、というわけだ。 彼女の家でもお茶が出た。 「ひろきの家のお茶。まずかったでしょ? 私も最初アレ飲んだとき、思わず笑っちゃった。翔馬君もそう?」 と冗談交じりで。まぁ、冗談でなくアレはまずかったが。 昨日の事件のことはユウナさんが既に話してくれて知っているようだったが、俺もまた詳しい状況の説明を付け加えた。 彼女には全てを知っておいて欲しかったから。 事件のことを全て話し終わっても、彼女は何か附に落ちない表情だった。 「一つだけ私にもわからないことがあるの。聞いていい? ひろきが怪我したときの話なんだけど、まなみがストーカーの被害にあってるときには既に病院に運ばれてたんでしょ? どうやって、それを?」 「そうだね。結局それは暴くことなく事件は終ってしまった。 だから今から話すことが、果たして真実なのかどうかは定かじゃないよ。 真相は彼のみぞ知る、だ。 その前にちょっと聞いておきたいんだけど、病院に運ばれたと聞いたとき、どこからどんな電話がかかってきてた? あと、それって直接ヒロキからだった?」 「うん。ひろきだった。公衆電話からかかってきてたきがするけど。 内容は「今救急車に運ばれて病院についた」 とか、「入院するから俺の家に行って着替え持ってきて」とか。 そんなこと話してたと思う」 「そうか。やっぱりね。ヒロキはおそらくその時、マナミさんの家の近くの公衆電話からかけていたと思う」 「え? どういうこと?」 「その時点ではまだ骨折もしていなければ、かすり傷すらついていなかった、ってことさ。 電話を切った後にマナミさんを襲撃した。 そして、俺の家まで自転車か何かで行く途中に、多分これも公衆電話からだろうね。119番で救急車を呼んだ。 あとは、その救急車が来るまでに、俺の家に行き、郵便受けに手紙を入れ、自作自演で階段から落ちればいい。 ここでも完璧なアリバイを作っていたんだな。 まぁ、そのことに触れる前に本人が自供しちゃったから意味がなかったけど・・・。 着替えを持ってこい、というのはおそらく口実で、本当の狙いは、自分が病院に運ばれる前に、アヤナさんが先に到着しないようにするためだと思う。 携帯電話を壊さなければならなかった本当の理由も、多分そこにあるんじゃないかな。 救急車で運ばれるときって、おそらく家族や友人に連絡しなければならない事態に陥ると思うんだ。 その時に、携帯が壊れていれば、「病院に着いた後に連絡する」 とでも言えばいい。 病院にいるはずの自分が、「今、救急車に乗った」 なんてアヤナさんに言えるわけないからね」 自分でそこまで話を進めておいて気がついたが、もう既に後の祭りだった。 こんなこと彼女に言うべきことじゃなかった。 事件は終ったのに。こんなことに触れなくても事件は終われたのに。 彼女の気持ちも考えずに、なぜ、そこまで言ってしまったんだろうか。 彼女がアリバイ工作に利用されていたことを。 そんな俺の後悔をよそに、彼女は力なく微笑んだ。 「なるほどね。そういうことだった訳ね・・・・・・」 表情には出ていなかったが、雰囲気からか物寂しさが伝わってきた。 その後、アヤナさんから聞かされた事実に俺は驚かされた。 昨日警察に通報したのは、どうやら彼女だったようだ。 てっきりマナミさんかユウナさんかコウイチさんじゃないか、と思い込んでいた。 彼女は、薄々ヒロキの行為に気がついていたようだ。 知っていて、なおも彼と付き合っていた。 きっとヒロキのマナミさんへの感情も気がついていたんじゃないだろうか。 彼女は何かを悟っていたようで、俺に一言こう言った。 「見守るしかできなかったのよ」 なんとなくだが理解できた気がした。アヤナさんはヒロキのことを本気で愛していたんだろう。 だから、ヒロキのためになることをしようとした。 それが彼を訴えることだったのか、それとも手伝うことだったのかは、俺には分からない。 しかし、彼女に何ができるわけでもなかった。 それほど、ヒロキの愛情、あるいは憎悪が激しかったのだ。 昨日、俺が全てをアヤナさんに喋ったことにより、彼女の決意が固まった。 そして、警察に通報したんだろう。 話し終えて、彼女の家を立ち去る直前、玄関で俺はヒロキが言ったあの言葉をアヤナさんに告げた。 「あやな、すまねぇ」 と。 彼女はその場に崩れ落ちた。 玄関を閉め、帰ろうと歩き出したとき、部屋の中からアヤナさんの泣き声が聞こえていた。 かわいそうだが、俺には何もできない。
こうして一つの事件が静かに幕を下ろした。 夜、星空を見上げると、南の空にオリオン座が煌煌と輝いていた。 こんな終わり方しかなかったのかよ。心の中でそう呟いていた。
今日の日記は以上で終わりです。 今日の出来事の中で、家庭教師や大学の講義のことなど書くのに値しないので省略しました。あしからず。 |
第三週(後半) 第四週(前半) 第四週(後半) 第四週(終焉)
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