もう一つの日記

 

「直治の日記」番外編

〜もう一つの話〜

 

 

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6.かぼちゃの馬車

 

「みんな、大丈夫かな」

 ふと話題が途切れた瞬間に、心配事が沙耶の口からこぼれた。

「そうだね――大丈夫、と言いたいところだけど」

 あいつ一体どうしたんだよ、と彼女の隣を歩く直治は、ため息混じりに言った。

「健次君のこと?」

「ん、まぁね」

「私、実咲さんのことは、やっぱりそうなのかなって」

「え?」

「円花、今健次君と上手くいってるといいけど」

「いやそうなんだけど、沙耶は知ってたの?」

「実咲さんのこと?知ってたって訳じゃないけど、円花が、そうかもしれないみたいなことを言ってたから」

 沙耶の台詞に、直治は無言で顔を抑える。彼と健次は仲が良いから、そのことは前々から知ってたのかもしれない。考えすぎだよなどと円花に言わずに、きちんと直治に相談しておけばよかったと、沙耶は後悔した。

「まあ、今日はしかたがないや。明日にでも健次に聞いてみる」

「そう、ね」

 返事をしてから、彼女は肩をすくめる直治の顔をじっと見つめる。

 その視線に気付いたのか、直治は、落ち着かないように視線を上に向けた。

 少し子供っぽいけれど、優しくて頼りがいがある少年。

彼の照れたときに見せる仕草が、彼女は好きだった。

 少し、不安になる。

 話をする毎に、そばにいるほどに、

もっとそうしていたいと、募る気持ち。

 しかし、直治のほうはどうだろう?

 かみ合っているはずの気持ちが、もしずれていたら。

『直治は、そんなことないよね?』

 その一言が、喉元に上がってきて、しかし口からは出てこない。

 代わりに、小さく息を吐いて、軽く周りを見渡した。

 パレードが終わった遊園地内は、既に帰ろうとする人の流れができ始めている。

 子連れの家族や集団で来ている大学生らしき人たち、老若男女様々なカップル。誰も彼も、楽しそうに見える。

 2人は、観覧車の前まで来て、立ち止まった。

「あ、良かった。まだやってるみたいね」

 そう言いながら直治を見ると、彼はきらびやかに光る大きな輪を見上げていた。

「――直治?」

「ああ、ごめん。健次と実咲さんは、話をしたんだよなって、思っただけ」

 その言葉と、先程の沙耶の不安が重なる。

 首筋の汗を拭いて、一息。

 意を決して、口を開く。

「あのさ」「あのね」

 同時に聞こえる言葉に、気持ちがくじけそうになる。

「あ、ごめん。何?」

「ううん、直治から、どうぞ」

 決まり文句のように、譲り合う2人。

 自分たちを傍から見た光景を想像して、直治と沙耶はやはりそろって苦笑した。お約束にしても、あんまりだと思う。

「うん、健次の話を思い出してね。観覧車って、どうして時計に見立てられて作られてるんだろうって話」

「え?ああ――そういえば」

「一番大きいんだから、時計台に丁度いいじゃないか、って、そのときは身も蓋もない結論になっちゃったんだけど、あいつがシンデレラの話を思い出すっていうんだ」

「シンデレラって、童話の?」

「あまりに可愛いことを言うからよく覚えてるんだけど、そう言われればそうかなって。ゴンドラが馬車で、全体が時計」

 乗っている間は、魔法がかかる、ということか。

「わぁ……健次君ロマンチック」

「恥ずかしくって円花には言えなかったんだ、きっと」

 沙耶は、観覧車を見上げる。

 健次が、円花に告白した場所。

 彼と実咲がいなくなった時、円花が迷わずに駆け寄った場所。

 自分が初めて直治に想いを伝えて、そして伝えられた場所。

 確かに、きっかけという魔法はかかっているのかもしれない。

「じゃあ、乗ろっか。――お手をどうぞ、姫」

 おどけるように差し出された手を、沙耶は、吹き出しながらとった。

「エスコート、お願いしますね。王子様?」

 お互いに微笑みあって、2人はゴンドラに乗り込む。

 離れていく地面。

 広がっていく景色。

 高ぶるような、穏やかになるような、不思議な感覚。

 正面の直治を見つめて、彼女は軽く息を整えた。

 きっかけは、友人の言葉だったけれど。

 それでも、今はこれが自分の気持ちだと信じられる。

 大丈夫。

 嘘偽りのない言葉だから、

 それが赤面ものの内容でも、今なら言える。

 時間限定の、夏の夢が続いているうちに、

 さっき言いそびれたことを、伝えようと思う。

「直治、私ね――」

 沙耶は、暗示をかけるかのように、

 呪文を唱えるかのように。

 想いを、そっと口にした。

 

 

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