もう一つの日記

 

「直治の日記」番外編

〜もう一つの話〜

 

 

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1.溜め息の季節

 

うっすらと膜を張ったような、淡い青。

空は、白い雲がその面積の半分を占めている。

しかしそれを貫くような強い陽射し。そして、夏らしい気温。快晴とは言えないまでも上々の天気だった。

今は時期の割に涼しい日々が続いていて、7月の中旬に差し掛かっても気象庁は一向に梅雨明け宣言をする様子がない。

 別に雨がそれほど嫌いな訳ではないけれど、例えば週末に外出するような場合は晴れてほしいと思う。

 ただし、それは普段ならば、だ。

 今日という日に限って言えば、大雨になって、予定が中止になってくれないだろうか。

 そこまで考えて、健次はひそかにため息をついた。

 長距離大会の前日のような気分だ。もっとも、マラソンが好きな人もいるには違いないし、この夏場とはいえ、これからの苦労を思えば、彼としては10キロ走らされた方がまだましだった。

「どうしたの、健次君?なんだか調子悪そうだけど」

 大きな目を瞬かせて、隣の少女が彼の顔をのぞきこむ。

 それは見慣れた艶やかな黒髪ではなく、柔らかそうな栗色の髪の女の子。

 名前は――実咲。

 とある事件をきっかけに、健次たちと急速に親睦を深めた先輩で、彼女は健次とよく話をする。

「そうか?いつもと変わらないと思うけど」

  健次は努めて笑顔をつくって口を開いた。いまだに先輩に対して同学年のような口を利く事に彼は慣れなかったが、当の本人が敬語を嫌がるのだから仕方がない。しかし、彼女が健次たち後輩と特に馴染んでいるのは、それが要因の1つなのかもしれない。

「せっかくのいい天気、皆でお出かけなんだもの。こういう日は、いつもよりもはしゃぐものだと思うけどなっ」

 彼女は、いたずらっぽく健次を上目遣いに見る。

 平均的な体格、派手ではない服装。

 しかし、不思議と相手に印象を残す、明るい表情。

 見ていると、他人の心もほぐすようだ、と思いながら、健次は肩を竦めて見せた。

「まあそうかな。直治とか良則は特に」

 すぐ前を歩いている友人2人の名前を、牽制のつもりで挙げてみる。彼らの隣には円花と沙耶がいて、和気藹々と話していた。

「私だって、そうだよ?」

 実咲は、ニコニコとしたまま、さらっとその台詞を返した。

 思わず円花の様子を見ようとして、健次は思いとどまる。その様子をしっかりと観察していたらしい実咲は、楽しげに笑った。

 ごく自然な、たった一言。

 しかし事情を知っている者が聞いたら含みのある発言だと感じたかもしれない。ちょうど、今の健次のように。

 今のところ、その事情を知っているのは健次と実咲、そして直治の3人。少なくとも、健次は直治以外には話していない。良則や円花、沙耶たちには悪いが、親しいからこそ言えない事もある。直治に打ち明けたのも、今考えると軽率だったかもしれないと思っているくらいだ。

「あ、ちょっと待って、ジュース買っていきたいから――みんなはどうする?」

 円花が皆にそう言ったのがきっかけで、売店に足を止める。健次はペットボトルをバッグに入れていたので、5人がジュースを購入している間(全員とは少し彼には意外に思えた)、周りを眺めながら、ぼんやりと頭をめぐらせた。

 まだ正午までには時間があるが、彼らのいる遊園地は、既にそれなりの人で賑わっていた。午後にはもう少し混みあうだろうと思われる。

 理由は、夜に行われるパレードだ。

 この遊園地では、月に1度パレードが行われているが、特に夏場のそれは花火やイルミネーション等が普段よりも豪華だと評判で、老若男女問わずに人気がある。

しかし、花火大会は来週にも近隣で催されるし、他にも大物バンドのライブツアーだとか、毎月しのぎを削るように公開される新作人気映画であるとか、レジャーのタネは尽きないので、ここに人が集中するかどうかというとそれも疑問だ。経営する側も大変だと学生ながらに思う。

「健次、お待たせ。さ、行こ?」

「ん?ああ」

 円花の声に返事をして振り向くと、彼女と一緒に実咲がすぐ近くまで呼びに来ていた。後の3人は、こちらを見ながらも次のアトラクションに向かって歩き出そうとしている。

「どうしたの、健次君?早く行かないとはぐれちゃうよ」

 実咲の言葉に頷いて歩き出す。自然と3人で並ぶ形になった。

 右に円花、左に実咲。

 傍から見ても、彼女たちの名前から見ても、文字通りの両手に花の構図だが、健次にとっては針のむしろも同然だった。2人の間に特別ギクシャクしたところがないのが救いといえば救いか。

 長くなりそうな1日に、健次は今日既に2桁目になるため息をそっとついた。 

 

 

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