もう一つの日記

 

「直治の日記」番外編

〜もう一つの話〜

 

 

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2.イタズラなコーヒーカップ

 

「じゃーんけーん、ぽんっ」

 グー、グー、チョキ、パー、グー、チョキ。

 コーヒーカップ乗り場の前で、6人は乗り合わせる相手を決めていた。

 定番のジェットコースターにフリーフォール、3D体感ゲームにお化け屋敷。ほぼ半年振りにまわるアミューズメントの数々は、何度か来ているにもかかわらず、存外に楽しめた。特にリニューアルしたジェットコースターは、女性陣のお気に召したようだ。ちなみに直治は絶叫マシーンは得意な方だが、良則はそうでもなく、健次ははっきり言って苦手だった。

「あいこでしょっ」

 グー、チョキ、グー、パー、チョキ、パー。

「お、すげぇ」

 良則が驚きの声をあげる。確かに2回のじゃんけんで3組に綺麗に分かれるのは結構な確率だと、直治も思った。

(3分の1の6乗に――)

 と、計算に挑戦しようとしてすぐに思いとどまる。試験が終わったばかりなのだ。わざわざ勉強のことを考える必要はない。

「えーと、俺と円花で――」

「私は良則君とね」

 と、直治が自分の相手を確認する横で、恋人の沙耶が良則に笑いかける。彼もにっこりと彼女に微笑み返した。

「おーし、じゃ、いこっかナオジ」

 円花は、直治に向かってひらひらと手を振る。

 それに軽く返事をして、カップに乗り込んだ。

 軽快な音楽とともに、景色がゆっくりと動き始める。

 と、

「おりゃーっ!」

 気合の入った掛け声で、いきなり円花がハンドルを思い切り回した。

 景色が歪んで見えるほどに勢いよく、2人の乗ったカップが回る。

 遠心力で、首が後ろに曲がりそうだった。

「ちょっ、まてまて!」

 直治は慌ててハンドルを掴んで、回転を止める。不満そうに頬を膨らませて、円花は彼を睨んだ。

「何よ。コーヒーカップって言ったら、こう遊ぶに決まってるじゃない」

「にしたってやりすぎだよ!昼間のピザがお好み焼きになるじゃないか」

「わ、下品な発言」

 突発的に口をついて出た彼の台詞に、文句を言いながらも彼女は楽しそうに手を叩いた。

「ともかく、もう少し手加減してくれよ」

「はいはい」

 やれやれ、とため息をついて円花を見やると、彼女の肩越しに友人たちのカップが見えた。

親友の健次と、先輩の実咲。

2人はそれほどカップの回転を上げるでもなく、なにやら話をしている。

 健次と実咲の組み合わせは、今日初めてだったかもしれない。直治の親友と向かい合っている少女は、とても嬉しそうに見える。いや、そう感じるのは自分の先入観のせいか。

 そういえば。

 健次は、実咲に返事をしたのだろうか。

 その疑問を思いついてすぐに、直治は肩をすくめた。

 考えるまでもない。

 あれから半年も経つのだ。宙ぶらりんのままで告白を放っておくなんて、健次には出来ない芸当だ。

 自分をそう納得させて振り向くと、円花と目が合った。

「ん、どうしたの?」

「え、あぁ。何でもないよ」

 直治の返答に、彼女は軽く首を傾げる。そのまま2、3秒してから、猫のように目を細めた。

「ふっふっふっ……」

「なんだよ、その不気味な笑いは」

「あたしにはお見通しだよ、ワトソンと書いてナオジくん」

「いや、訳が分からんし」

「沙耶と良則でしょ?」

「――――」

 嫌な所をついてくる、と直治は思った。

 円花が指を伸ばした先に顔を向けると、話題の2人は結構な勢いでカップを回して、楽しそうに声をあげている。

 のほほんとした感じの良則と、落ち着いた雰囲気のする沙耶は、相性が良さそうだ、と彼も感じていた。

直治は時々、沙耶からの告白を思い出す。

――本当は良則君のこと――

もしも、円花が仲介役をしていなかったら。

きっと自分は、今のあの2人をまともには見られなかっただろう。

 直治の表情を観察していたらしい円花は、呆れたように苦笑した。

「沙耶ね、あたしと一緒にいるとき何の話をしてるか、知ってる?」

「前までなら試験。今だったら部活――いや、沙耶の好きな作家の新刊が出たな、確か」

「あんたね……それってわざと?ま、合ってるけど。それが半分で、残りの半分を聞いてるんだけどな、あたしは」

 話の流れから察するに、沙耶が直治のことをよく話題にする、と言って励ましてくれるつもりだろうか。

「う〜ん、仮に俺の願望が当たっていたとしても、なぐさめにはならないなぁ」

「ほほぅ。ま、言ってみなって」

「俺のことを話してるとか」

「50点。具体的には?」

「?……俺と公園で話をしただとか、俺が変なことをしでかしたとか」

「な〜る。デートコースは公園ですか。ま、スタンダードよね」

「――で、何が言いたいんだよ?」

 円花は目を細めて満面の笑みをうかべながら、直治に顔を近づける。

「せいり」

「……は?」

「次の危険日はいつだって話」

意外な方向からの攻撃に、直治は頭を急いで回転させる。

「ここまで言っても分かんないわけ?」

 彼女は呆れたような声を出しながら、戸惑う直治の顔をにやにやと見つめた。

「ええと――」

 彼は唸りながらぐるぐると回る空を見上げた。

 生理で、かつ直治と関係ある話。

すぐに連想はした。しかし、あの沙耶がいくらなんでも、(相手が親友とはいえ)そっちの話題を口にするとは、正直考えづらい。

「それって、ほんとに沙耶が言ったのか?」

「ん〜?別に信じなくてもいいよ?あたしは『ナオジたちがまだしていない』ってことを知っている、とアピールしたかっただけだし」

「くっ、生々しい話を持ち出すんじゃないっ!」

「可愛いよねー沙耶って。そんなことまで気にせずに、さっさと押し倒しちゃえばいいのにさ……ってきゃ〜!?」

 真顔の直治はカップのハンドルを掴んで全力で回し始めた。

「わ〜い!」

 円花は片手でカップのふちを握ったまま、沙耶たちや健次たちに向かって手を振る。

 直治の腕が疲れてくる頃には、カップは緩やかに止まろうとしていた。

 息切れをする彼に、円花は肩まである黒髪をはらいながら口を開く。

「元気でたみたいじゃない。沙耶が迫ってくるところでも想像した?」

 してやったり、といわんばかりの態度に、直治は力なく首を振った。

「たちの悪い冗談だ……」

「まあまあ。あの子がナオジにベタぼれってことくらいは、あたしが保障してあげるよん」

 彼女は軽く片目をつむって、直治を指差した。

 ドーピングのような強引さだが、まあ、元気は出たかもしれない。

 彼女なりの気配りはいつもストレートではないけれど、振り返ってみるととてもありがたく感じる。

勝気で、遠慮がなくて、自分とでは男女の関係から程遠くて。

だけど、本当に友人思いの彼女との繋がりを、貴重だと思った。

 2人はカップから降りて、乗り場の前に戻る。

 そこには既に沙耶と良則がいて、直治たちは他愛無い話をしながら、残りの1組を待った。

 しかし、カップが再び動き出しても、健次と実咲は出てくる様子もない。

 さらに乗る人が入れ替わっても、彼らは戻ってはこなかった。

 

 

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