もう一つの日記
「直治の日記」番外編
〜もう一つの話〜
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5.夏の余韻 |
白く光る夜空。 オレンジに輝く道。 明と暗のコントラストが辺りを色鮮やかに見せる。 大きな歓声、軽快な音楽。 そのパレードは、定番とはいえ心躍るような演出で、園内の注目を集めていた。 去年は観覧車のゴンドラからこの風景を眺めたのを、彼はよく覚えている。 今年も、とは思っていたものの、結構な人が並んでいて、パレードを見損ねてしまいそうだということで、健次と円花は広場に陣取ったのだ。 「あ。あの人凄い。車の上でバク宙してる」 「え、ああ。動きにくそうな衣装なのにな」 健次はそう答えて話を続けようとしたが、言葉が見つからないまま、結局息のみを吐き出す。隣の円花も、口を再び様子はない。 先程からずっとこうだった。他愛もないことを一言二言話しただけで、初心者同士のテニスみたいにラリーが途切れてしまう。 いつもなら、話題なんて探さなくたって台詞が勝手に口をついて出てくるのに。 こんなことは初めてではないだろうか。 音楽が一層賑やかになり、パレードが終焉を迎える。 少しずつ、波がひくように、周囲が元に戻っていく。 健次たちと共に見ていた観客も、思い思いの方向に歩き始めた。 ――俺たちも行こう。 そう口にしようとして円花を振り返る。 彼女も健次につられるように彼を見た。 はっきりとして印象的な黒の瞳が、照明の光を反射する。 以前よりも伸びた、碧にも映る髪が、風に揺られてさらりとなびく。 どうしたの、と問いながら首を傾げる仕草。 それはとても女性的で、優しく、 同時に、ひどく儚げな笑顔。 「――話が、あるんだ」 健次は彼女の表情に急かされるように、口を開いていた。 ずっと言うタイミングを考えていたけれど、何故だか、今言わなければいけないと、そう感じた。 「うん」 「さっきの、観覧車のこと。俺――あそこで、実咲を、ふった」 言葉にすれば、たったそれだけのこと。 それだけの、6ヶ月。 「告白されたのは結構前の事だったけど、色々あって、返事は言えなかった。でも、結局、こうなった」 分かりきってたはずなのにな、と、健次は自嘲気味に笑う。 「だからこんな日になったのは俺のせいだ。――ごめん」 目を閉じ、うつむくようにして頭を下げる。 円花の近づく気配がした。 殴られるかな、と、他人事のように考える。 彼女は健次の額を軽くコツンと叩いた。 「――やっと、言った」 「え」 「分かるよ、健次と実咲さん見てたら。何があったのかくらい、ね」 上目遣いに健次の顔をのぞきこみながら、円花は言葉を続ける。 「どんなに自然に振舞ってたって、『何でもない』なんてすまし顔で言ったって。あんたの――あなたの顔を見れば、すぐに分かっちゃうんだから」 ほっそりとした手が、健次の服をつかむ。 「そんな時には大抵、上の空だったり、すっごく優しかったり。――ほんとはね、そんな健次を見て、駄目かもって、思ったこともあるの」 実咲のことを告白する以上に、心臓の鼓動が高まった。 目の前の少女は、知っていて、黙っていたというのか。 「今日のことだって、実咲さん、わざわざ私に一緒に行きたいって、言いに来て。どんなに鈍くたって、いくらわたしだって、心配にもなるわよ」 血の気の引きそうな言葉が次々と円花の口から飛び出す。彼女と実咲は、既にお互いのことを了解していたらしい。なのに、笑いあえるなんて。喧嘩をするよりもなお怖い、と健次は感じた。 「――断れなかった。健次の気持ち、胸を張って代わりに言えるほど、自信がなかったから」 その時、何となく健次は納得した。 彼女が観覧車の前で待っていた訳が。 実咲と健次の様子が変だと分かっていて、それでも何もいわなかった理由が。 健次から見えるのは、彼女の艶やかな髪だけ。 だけど、彼女の手にこめられた力は、服にしわができそうなくらい強い。 「わたしは、健次が好き。頭が良くて、そつがなくって。ぶっきらぼうだけど、優しくて。時々不器用で、でもいつも一生懸命で――去年の今よりも、もっと好き」 何と言っていいのか分からずに、円花の背中に手をまわした。 いくつかの台詞が、健次の頭の中で、浮かんでは消える。 どれも嘘臭いような気がして、口に出すのが怖くなる。 迷った挙句、一言だけ。 恐らくは円花に告白して以来の言葉を、 彼女の耳元で、口にした。 「――」 円花の身体が、震えた気がした。 少しの間、2人だけの沈黙。 「本当、だよね?」 ささやくような声が、健次の耳に届く。 「嘘は言わない」 返事を聞いて、円花は勢いよく彼の首に腕をまわした。 「っと、円花っ?」 軽くよろける健次を、それでも彼女は強く抱きかかえる。 「ずっと――」 円花は深呼吸をして。 にじむ声で、 しかし明るく、爽やかな口調で告げた。 「ずっと、待ってたんだからね」 健次の頬を、彼女の髪が優しく撫でる。 夏の陽射しの匂いがした。 |
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