もう一つの日記

 

「翔馬の日記」番外編

〜もう一つの話〜

 

 

---

 

No.1   No.2   No.3   No.4   No.5   No.6   あとがき

 

---  

  

 

メンバーや、会場に来ていたらしい悠菜、彩奈と集まって話している途中、真奈美はそっと抜け出して屋外の空気を吸い込んだ。

時刻は夕方になり、日も落ちかけているが、まだ人通りは絶えない。

しかし、見たところほとんどが大学の学生のようだった。さすがにこの時間帯になると、内輪の祭りになってくるようだ。

近くのベンチに座ってしばらくぼおっと人の流れを見ていたが、軽く肩を叩かれてそちらを向く。

「あ、翔馬くん」

「寒いな。どうしたの?こんなところで」

翔馬は軽く首を竦めながら言った。確かに日中よりも気温が下がっている。息が白く曇りそうだ。

「ん、ちょっと外の空気を吸ってリフレッシュしてたところ」

「はは、ライブでそんなに疲れるなんて、らしくないな」

「……そんなことないよ」

そう呟いた言葉は、思いのほか大きく響いた。

「楽しかったけど、でも、いつも痛かった」

口をついて出たその台詞に、自分が驚く。

なのに、それでも声が勝手に言葉を紡いでいた。

「きっと、ずっとどこかで思ってたの。好きになってくれる人を好きになれない自分は、酷い人間だって」

「真奈美――」

「その上妹が好きだった人を好きになって、想いが通じたら、今度は」

そう、今度は

自分の気持ちを押し付けるように

「好かれたい、愛されたいって――そればっかり」

与えられてばかりで、

奪うばかりで、

自分は、何一つ出来はしなかった。

ストーカーに襲われた由香里にも、

彼を好きになった彩奈にも、

1年以上も自分を想い続けてくれた宏一にも。

ひた走るばかりで、必死になるばかりで、一方を目指し続けるばかりで、

今まで何も見えていなかった。

「怖くなっちゃったの」

誰かに対して何もしてやれなかったら。

望むことしか出来ないままだったら。

「このまま、翔馬くんに甘えたら――」

あれほど憎んでいた、あれほど恐怖した。

「ストーカーと、同じになっちゃうって」

無言の時間が流れる。

真奈美はうつむいたまま、唇をかんだ。

気がつかない振りをすれば良いと、

言わなければ良いと分かっていたのに、

口にせずにはいられなくて。

この会話でさえ、翔馬を困らせている。

そのうち、この想いでさえ、

彼の負担になってしまったら。

「俺さ」

真奈美は、反射的に肩を振るわせた。

翔馬の方を向くと、彼は苦笑して上を向いた。

「俺、宏一さんのライブを聞きながら、考えてた」

彼は小さくため息をつく。白い息が、少しだけ宙に広がる。

「宏一さんのように歌えるわけでもないし、例えば裕二のように優しいわけでもない。

 正直、取り柄が思いつかない。そんな俺のどこを、真奈美は好きになってくれたんだろう」

「翔馬くん」

「俺は、真奈美に何をしてやれるんだろうって、さっきからそんなことをぐるぐる考えてた。 ……ほんとは前から思ってたんだろうな。

 だから――自然に付き合っているみあさんと恭二や、しっかりと自分を持っている宏一さんが、羨ましいって、そう感じた」

「わたし……私は、翔馬くんと一緒にいられれば――」

 それだけで良い。

 真奈美は、そう言おうとして口篭もった。

 それでは、きっと足りない。

「うん、嬉しいよ。でも、それじゃあ足りないんだ」

 翔馬は真奈美を見て、小さく微笑んだ。

「俺だって、その、うーんなんて言ったらいいか……そう、いつだって、相手と、自分の気持ちを確かめたいって思ってる」

 真奈美も、翔馬を見つめた。

「そう……うん、そうね。結局は、そういうことなんだと思う。私も、ずっと、そう思ってた」

 愛し合っているのだと、信じたい。

 それはきっと、どうしようもなく甘ったるくて、押し付けがましくて、

 でも、どこまでも素直で、純粋な気持ち。

 透き通った、赤い色。

「だからどうだって言われるとちょっと、ね。好きの一言で済むなら簡単だけど」

「言って欲しいな」

 そう言って真奈美は口を緩める。また、笑うことを忘れるところだった。

「好きだ」

「……もっと」

 翔馬は真奈美から目をそらして苦笑した。

「入れ歯になりそうだ。でも結局、それだけじゃ満足できないんだよな、俺たち」

「我が侭な話よね」

「全くだ」

「でも――必要だよ」

「そうだな。十分にする条件が分からないだけ」

「うん」

「だから」

「だから?」

「今は保留」

 真奈美はくすっと笑った。

「そうね」

「大体さ、皆同じこと考えてるんだぜ、きっと」

 彼の言葉に、真奈美も頷く。

 多分、この世界にいる人の数くらいには、同じ問題で頭を悩ませた人がいるのだろう。

 答えは出るのかもしれないし、出ないのかもしれない。

 分からないからこその不安。

 先が見えないからこその、希望。

「例えて言うなら、白霞の緑、かな」

「え、なに?」

「ううん、何でもない。やっぱり寒いね、そろそろ戻ろっ」

「――ああ」

 2人はどちらからともなく手をとり合って、

 当然のように見つめ合って、

 ごく自然に、微笑み合った。

 

 

---

No.1  No.2  No.3  No.4  No.5  No.6  あとがき

---

 

トップページに戻る

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送