もう一つの日記

 

「翔馬の日記」番外編

〜もう一つの話〜

 

 

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No.1   No.2   No.3   No.4   No.5   No.6   あとがき

 

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壁を覆う暗幕に、どこから仕入れてきたのか、アンティークなテーブルと椅子。

照明の抑えられた室内は、一見したところ随分と凝っていた。

「いらっしゃいませ、お二人様ですか?」

「いえ、ここで友人を待ち合わせているんです」

にこやかに話しかけてくるバーテン姿の女性に答えながら、翔馬は辺りを見回す。

店内の客ははっぴを羽織っていたりジャージを着ていたりエプロンをつけていたりと、

あまり部屋の雰囲気には合っていない。

しかし、そのアンバランスさが学園祭の醍醐味といえばそうなのかもしれない。

翔馬が先ほど、今からなら会えるというメールを恭二に送ったところ、『カクテル研究会運営バーのカウンターで』という返信がすぐに来た。

カウンターに座っているのは1人。場にしっくりとなじんでいるジャケット姿のその青年は、バーテンの女性と話をしているようだ。

翔馬は彼のそばに近づき、そっと声をかけた。

「あの、すみません……鳩峰恭二さん、ですか?」

青年は軽く目を見開いてこちらを向く。翔馬と真奈美の姿を見て、にっこりと微笑んで口を開いた。

「ああ……じゃあ貴方が翔馬君か。そちらは真奈美さん、で良いのかな?はじめまして」

翔馬と真奈美は彼に挨拶を返す。恭二は2人に席を進めながら口を斜めにした。

「あと、彼女は、大学からの僕の友人」

バーテンダーは翔馬たちを見ながら目を細めた。

「……ああ、この前言っていた、ええと」

翔馬が口篭もっている理由を察して、彼女はすぐに本名を口にしたが、

「『みあ』って呼んでくれると嬉しいな」

と続けたので、翔馬は戸惑いながらも返事をした。

恭二の話を聞いて男性だと勘違いしていたので、すぐには思い当たらなかったが、そう言われてみればネットで恭二が語っていたような独特の雰囲気がある。

年の頃は自分と同程度だろう。綺麗な女の子だと思ったが、もちろん口には出さない。

「話の前に、まずはオーダーかな。今回は彼女がおごってくれるそうだから、お好きなものをどうぞ」

「えー?そういう台詞って、らしくないよ?」

カウンター内の彼女はそう言いながらもにこにこしながらメニューを翔馬たちに差し出した。

「ウォッカベース、ジンベース、ラムベース……すごい種類ね……」

真奈美が翔馬の隣で呟いた。

モスコミュールやカシスオレンジといった有名なものからアレキサンダー、XYZといった翔馬の聞いたことのないようなものまで、様々なカクテルの名前がそこにはずらりと並んでいた。

多すぎて、どれを選んだものか迷ってしまう。それに翔馬は酒に詳しいわけではない。

そもそも法的に堂々と飲めるようになってまだ間もないのだから。

「ちなみに恭二さんは何を?」

「カナディアンクラブ。ウィスキーだね」

「渋っ!」

見たところロックで頼んでいるようだ。あまりに場にはまりすぎていて、逆に翔馬は吹き出しそうになった。

参考にしようと思ったのだが、残念ながら自分にはちょっと無理がある。

「ええと、このお任せというのは何ですか?」

真奈美がメニューを指差しながらみあに聞く。

「あたしがお客様に似合いそうなカクテルを作ってお届けいたしまーす。でもそれが口に合うかどうかは、はっきりいって保証できませんっ」

「へぇ……」

 興味津々といった態で、真奈美はメニューに視線を落とす。少しの間の後、彼女は再び顔をあげた。

「じゃあそれをいただけますか?」

「了解。度数が強いのでも大丈夫?」

「ええ、1杯くらいなら」

「ん、頼もしい。っと、せっかくだから翔馬くんにも作ってあげようか? 何か飲みたいのがあれば別だけど」

「うーんそうですね、じゃあ俺もお願いします」

翔馬は考えるふりをしてから答える。

正直なところ、何にするか決めかねていただけに、その提案はむしろありがたかった。

みあは頷いて、カウンター奥の棚を物色し始める。彼女が準備しているのを見ていた恭二は、翔馬のほうを向いて口を開いた。

「ここの文化祭は初めてだったんだっけ?」

「あ、俺は初めてです。真奈美は去年も来てますけど」

翔馬の返事に、恭二は小さく笑った。

「敬語はなしにしよう」

「そうですね、じゃない。分かった」

真奈美がくすくすと笑うのを聞いて、翔馬は頬をかいた。

そう、最近は呼び捨てのため口のはずなのに、何故だか今は敬語で話してしまう。

チャットで話していたときよりも、恭二が大人に見えるからだろうか? 本人が目の前にいるという違和感で、柄にもなく緊張しているのかもしれない。

 みあはすぐに数種類のボトルを用意して、3人の前に戻ってきた。

「んー?早速意気投合してるね。さすがですなぁ」

「まぁね。さて、みあさんのお手並み拝見」

「うー、何だか『すけさんかくさん』みたいだよ、それ。呼び捨てのほうがいいよぅ〜」

「次からね」

恭二の返事にみあは口を尖らせるが、すぐに気を取り直してカウンターにグラスを並べる。

彼女は手際よくシェイカーに各種ドリンクと氷を入れて胸の前で振る。

真奈美の前のグラスに注がれる、透き通った紅色。

翔馬の前には、白味がかった緑色。

「さ、後賞味あれ」

翔馬と真奈美はそれぞれ手を伸ばして、お互いとみあにグラスを軽く掲げてから口をつけた。

「……美味しいっ」

「真奈美さんのは甘くて飲みやすいでしょ?でもこゆーいから飲み過ぎに注意。翔馬くんのは」

「ミント味」

「あはは、確かにそうだよね。爽やかな感じでまとめてみました」

翔馬は改めて真奈美のグラスを見る。

情熱、一途の赤。

甘くて口当たりが良いけど、飲み過ぎに注意。

「……なるほど」

何故だかひどく納得してしまった。

真奈美を見ると、彼女は翔馬のグラスをじっと見ている。翔馬の視線に気付いて、彼女は照れたように小さく笑った。

それから1時間ほど、4人は(みあは仕事の合間をぬって)互いの大学の話題を中心に、他愛もない世間話をした。

「というわけで、講義の代返を当番制でしてたんだけど、ちょうど私のときに課題が出て、講義中に提出しなさいって言われたものだから、もう大変で」

「はは、よくあるよね、そういうこと」

「そうなの?」

「知らなかったの? まあ、みあの分は僕はやってないけどね」

「わ、ひどいっ!」

「冗談だよ」

恭二とみあは楽しそうに言い合っている。その様子は本当に仲が良さそうで、翔馬は羨ましいと思った。

「――あれ?」

羨ましい?どうしてだろう?

「あ、翔馬くん、そろそろ行かないと始まっちゃうよ」

「え、あ、うん。そうだな」

「お帰り?そっか、お友達のライブか。そうそう、真奈美さん」

「はい?」

みあは真奈美に向かって何事かを小声で話している。翔馬の位置からは何を言っているのか聞こえなかった。

「恭二」

「ん?」

「みあさんって、その、恭二の……」

「恋人ではないよ」

「えっ」

「あれ、違った?」

「合ってるけど……どうして?」

恭二は読心術でも使えるのだろうか。彼は目を細めて、口を斜めにした。

「どうしてみあさんと付き合わないのか、という意味?

 どうして分かったのかという意味なら、翔馬くんの顔を見れば分かるよ、という答えになるかな」

 翔馬は首を傾げる。ますます意味が分からない。翔馬の訝しげな表情を見て、恭二は苦笑して言った。

「いや、単なる勘だよ。……友達と恋人の違いって、何だろうね?」

 

 

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